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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>よしこ語録</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/" /><modified>2010-07-15T04:12:52+09:00</modified><tagline>株式会社正弁丹吾グループ代表　平川好子の語録。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>美味探求・北海道 釧路の思い出</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=969226" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=969226</id><issued>2010-07-15T04:11:31+09:00</issued><modified>2010-07-14T19:12:25Z</modified><created>2010-07-14T19:11:31Z</created><summary>昔、私の近しい友達が大学卒業寸前のお子さんを北海道で亡くし（車の事故）、私も悲しみを分かち合えればと長い間彼女のために、北海道の旅をやめていました。彼女のあまりの悲しみの深さに、どうしても北海道を訪ねることができなかったのです。
そしてそれから長い月日...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;"><strong>昔、私の近しい友達が大学卒業寸前のお子さんを北海道で亡くし（車の事故）、私も悲しみを分かち合えればと長い間彼女のために、北海道の旅をやめていました。彼女のあまりの悲しみの深さに、どうしても北海道を訪ねることができなかったのです。<br />
そしてそれから長い月日がたち、この間、久しぶりに北海道・釧路に旅をしました。タンチョウなど多くの鳥達の休息地であり、日本最大の湿原、釧路湿原を横目に見ながら、知人を訪ねる本当に短い旅でした。<br />
この旅の一番の発見は、リヤカーに天日干しのカレイを積んだ魚売りのおばさんです。彼女と話に花が咲き、時間が経つのを思わず忘れてしまうほどでした。<br />
積んでいる太い金具に眼を刺したカレイは、あさ北海道で取れたばかりのもの。それをリヤカーいっぱいに干しながら売るのです。<br />
この場所（ある信号の端っこ）で長年魚を売っているとか。<br />
「こうして売るのは、釧路の町では私一人になってしまった」<br />
と彼女は誇らしげに胸をはっていました。<br />
近所の人が来て、このカレイが大きいの小さいのという会話をする間にも、魚がどんどん太陽に干されて乾いていく……。思わず昭和のはじめにタイムスリップしたかのように幻想的で、感動を覚えるほどの光景でした。<br />
私もそのカレイを何十枚も買って帰り、従業員ひとりずつに食べてもらったのですが、みんな口を揃えて「おいしい！」と言ってくれました。<br />
なにせ、朝まで泳いでいたものをリヤカーに乗せ、お喋りの場所が乾かすところ、そしてお店なのです。なにも添加物の入っていないその魚は、スーパーなどで買うカレイの干物とは別物のおいしさ、そして別格の安さ。「流通」というシステムの間違いを、気づく場所であったような気が致しました。<br />
<br />
そこで取れたものをその場所で食べていく、「地産地消」はまさにロハスの原点。その小さいサイクルに、人の喜び、つまり「食」というスタイルがあるのではないかとも思いました。<br />
リヤカーのおばさんの天日干しカレイは、そんな食の原点を再確認するとともに、自分の祖母に出会ったような優しさと感動を覚えた、忘れられない出会いでした。<br />
釧路の旅も終わり、帰る間際立ち寄った竹老園のそばは、抹茶が入っている真っ青な色もとても美しく、そして美味！　さすが、「釧路に行けばこの蕎麦屋」とすすめる店の風格を感じました。<br />
<br />
<br />
　この旅の帰路で、なんと偶然にも私の住む大阪の隣町の豊中から釧路の牧場に嫁いだという人と出会い、お友だちになりました。「もう余命いくばもない、お父さんのお見舞いに帰る」という彼女は極寒の地、釧路の様子を多く語ってくれたのですが、まさに自然の厳しさに驚きの連続……。<br />
音を立てて落ちる雪。家までも自然の力で盛り上がって沈むという現象（部屋に段差は一年中起きるという）。そんなことを計算した上で、深く深く基礎をうって家を建てるのだそうです。<br />
全く理科や科学にうとい私には今だにどんなことか分かっていません。<br />
そして、なによりも心を動かされたのは、ご縁があって嫁いだとはいえ、牛の世話、草の刈り取りという、一年中休みのない仕事を彼女がしっかりとこなしている、ということです。<br />
親にもすぐ会えないような、北海道と大阪という遠い距離。つまり時間やお金で解決出来ない過酷な現実が見えるのです。私も今回の旅では、一度東京に入り、東京から釧路に飛びました。（大阪からの着ゲートから釧路への発ゲートへの長さはあきれるばかり、空港の端から端まで歩いた感じ！！）航空業界が大変な時代に入り、今まで便利過ぎた航空路が、不便になっている一つの表れでしょう。飛行機の路線がどんどんなくなり、飛ばなくなる空港も数多く出てくるといいます。<br />
伊丹空港でお別れの時、握手をした彼女の手は、まるでグローブのようにカチカチでした。最後に言った言葉は<br />
「これから一年中の草を刈らないといけませんから・・・<br />
父の死に目にはもう会えません。今日が最後です。<br />
牛の食べる草を刈らないといけない時期ですから」<br />
遠距離恋愛をし、思いを遂げた彼女の汗と涙を感じる、深く心に残った旅でした。<br />
<br />
<br />
<img src="images/2010071.JPG" width="400" height="300" alt="" class="pict" /><br />
この竹老園（明治7年創業、127年の歴史）で頂いたおそばは、<br />
私の一人旅にきれいなお抹茶色の思い出をくれました。<br />
<br />
<img src="images/2010072.JPG" width="250" height="188" alt="" class="pict" /><br />
多くのそばの食べ歩きをして参りましたが、この美しい色はそんなにあるものでは<br />
ないと思いました。<br />
店主伊藤徳治氏の言葉がかかれていました。<br />
「私の一生は蕎麦造りただそれのみ」と。<br />
<br />
<img src="images/2010073.JPG" width="250" height="188" alt="" class="pict" /><br />
この雪がなくなった後も残る地面の盛り上がりが、住む人にとって家をも壊す怖さだといいます。大阪の住人の私には本当に分からない不思議な盛り上がりです。<br />
<br />
<img src="images/2010074.JPG" width="400" height="300" alt="" class="pict" /><br />
信号の端っこでのんびりとリヤカー囲んで日々かわされる井戸端会議！！<br />
なんとものどかで・・・懐かしく干されたカレイも満足そうでした。</strong></span></span>]]></content></entry><entry><title> ありがとうございました中田昌秀先生</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=963421" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=963421</id><issued>2010-06-15T01:59:04+09:00</issued><modified>2010-06-14T17:38:35Z</modified><created>2010-06-14T16:59:04Z</created><summary>江戸時代の中後期、世の中に川柳というものが生まれておよそ250年。宝暦７年（1757）に発表された「降る雪の 白きを見せぬ 日本橋」が初めて世間で&quot;川柳&quot;として認められた発表句だそうです。
　当時の、雪が積もる間もないほど終日人馬が行き交う日本橋の賑やかな景色が...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;">江戸時代の中後期、世の中に川柳というものが生まれておよそ250年。宝暦７年（1757）に発表された「降る雪の 白きを見せぬ 日本橋」が初めて世間で"川柳"として認められた発表句だそうです。<br />
　当時の、雪が積もる間もないほど終日人馬が行き交う日本橋の賑やかな景色が、この一文で目に浮かんできます。このように、最小限の言葉数で世相や風景を伝えられるのが川柳の素晴らしさだと言えるでしょう。<br />
　私自身もそんな風流な言葉綴りに魅せられた一人。なにわ文化人川柳の会「相合傘」にも参加させていただき、もう長い年月がたちます。この「相合傘」の喜びは、桂三枝さんを始め、イラストレーターの成瀬國晴さん、上方講談師の旭堂南陵さん、放送作家の新野新さん、古川嘉一郎さん、など、錚々たる先生たちと膝を交え、川柳を作ることによって普段は出会えない先生方の面白さ、人生観を垣間見られることです。<br />
　また、このご縁で「なにわ文化人劇」と称し、三枝さんの演出で、なんばグランド花月の舞台に立つこともありました。川柳も芝居も歌も同じで、そこには「文化」という浪漫が流れているのです。<br />
　生きてきた人生は皆、違うはず。その中で一つの芝居を作ることによって、その人の全人格が見え、また、その人達と深いつながりが出来る……。劇を通し、とても多くのことを学び、大切な人生の宝物を得ることができました。<br />
　私にこんな数々の出会い下さった「相合傘」主催の中田昌秀先生が5月1日にお亡くなりになりました。中田先生はテレビの人気番組「てなもんや三度笠」「ヤングおー！おー！」などの制作に携わった、もの書きの第一人者とも言える偉大な方です。私は幸運にも川柳という括りでつながりを持つことができ、いろいろなことを教えていただきました。<br />
はじめて出会ったのは数十年前。とある会でお芝居「ベルサイユのバラ」をすることになり、そのときの脚本を先生が全部私たち用に書き下ろして下さったのです。サンケイホールという大舞台で、私はオスカルを演じました。今の体重じゃとても入らないような（笑）、宝塚のオスカルの扮装をそのまま真似て…。<br />
　今はもうない暫ビルでの度重なる「ベルバラ」の練習や、暫ビルで行なわれた数々のパーティーも思い出深いことです。<br />
　中田先生は放送作家、作詞家、川柳作家、芸能評論家、実業家、大手芸能プロダクションの主宰、料亭経営…などなど肩書きも数多く、その文化レベルの高さ、経済の知識、人脈の多さなど、突出したバイタリティーがある方でした。<br />
そして何よりも素晴らしいのは結婚の回数！　結婚は５回か６回、他にも女性の数は数え切れないほどというからオドロキです。<br />
お別れ会の前の家族葬にて、早めにお伺いをした私は、奥様、そしてお嬢様の中田眞城子さんと、お通夜とは思えない話題で盛り上がりました。それは次のような驚くべき先生の伝説！<br />
　先生の本妻さんは「その１」。２番目の奥さんが「その２」で３番目の奥さんは「その３」。子どもたちは「その１の１」、「その１の２」……という風に、延々その１その２…と数が続いていくのだそうです。そんな話の最中にも<br />
「あ、今その５が来られました」<br />
という声とともに、向こうから美しい70歳ぐらいの女性が楚々と歩いてこられます。それを「その１」の本妻様が、<br />
「どうも、ようお参り」<br />
と日常での挨拶のような自然さで交わされているのを見てびっくりしました。<br />
　さらに先生は、全ての女性に対して、別れたら別れっぱなし、子どもの養育費を払うことも、まったく無かったそうです。お相手は料亭の女将など、全員生活力のある人たちだといいますからたいした女性ばかりだったのでしょう…。<br />
　私も晩年「パイロットと別れて俺とはよ結婚しよ」とあいさつ代わりに言われたものでした。（「はよ別れ、はよ別れ」と何度言われたことか…）後で聞いてみると、最後の入院中も看護師さんに「結婚しよう」と言っていたそうです。つまり、あいさつ言葉が「結婚しよう」だったのですね（笑）。<br />
　「その１」のお嬢さん、つまり｢その1の1｣の中田眞城子さんから、晩年、先生の「最後の結婚」を必死で止めたというエピソードを聞きました。先生は70歳後半、新妻になろうとした女性はなんと20歳代。どうしても結婚したい、と泣きついてきたそうで、眞城子さんが<br />
「財産は何も無いよ。あなたは奉仕するだけの人生よ。なにもない父になんでそこまで…」<br />
と聞くと、<br />
「分からない。結婚したいだけ」<br />
とその女性は言い切ったそうです。<br />
いまだに答えが出ない先生の魅力、魔力、ズッコケ。聞く側によって評価は様々と思いますが、とにかく引力の強い方でした。<br />
　最後に、私が先生の言葉で感動した言葉で締めくくりたいと思います。<br />
　以前「阪急友の会」で「川柳作家 平川好子の会」なるものを計画していただいたことがあったのですが、先生に<br />
「川柳作家と言われるには恥ずかしくてお尻がムズムズ…。お断りしましょうか」<br />
と相談したのです。すると先生はこう答えて下さいました。<br />
「平川君、人生はなんでもええねん。たいそうに考えることやない。なんでもやったらええねん。僕の結婚と一緒や。何回でもやって〜やりなおしたらええ。そこに本気さえあれば」<br />
　その先生の言葉が、自分の今の、会長になって始めた新ビジネスにつながったのかもしれません。<br />
　イラストレーター・成瀬國春先生がオブザーバーで出席という優しい友情も加わって、毎回麺料理ひら川の料理を召し上がっていただいて、多くの参加者でにぎわったものでした。<br />
　先生、本当に、本当にありがとうございました。<br />
<br />
<img src="images/2010062.jpg" width="200" height="150" alt="" class="pict" /><br />
家族葬でお供えさせて頂いた<br />
「平川好子」のお花！<br />
仲良しのお嬢さんの配慮で！<br />
心からのお礼とお別れが出来ました。<br />
<br />
<img src="images/2010063.jpg" width="200" height="150" alt="" class="pict" /><br />
先生の句が数点！！<br />
お元気な頃に頂いたアドバイスが<br />
今の私の川柳の基礎に！！<br />
<br />
<img src="images/2010064.jpg" width="200" height="150" alt="" class="pict" /><br />
なんだか妙におもしろく！ずっこけ！<br />
ざこばさんも一日間違えての・・・<br />
なんとも皆ほのぼの・・・<br />
<br />
<img src="images/2010061.jpg" width="250" height="188" alt="" class="pict" /><br />
本当に最後のツーショット！！<br />
池田の我正弁丹吾グループ「ひら川」<br />
「シーホース」が先生との最後の飲み会に<br />
なりました<br />
<br />
<br />
百人一選　〜冷汗駄句駄句〜　中田昌秀著<br />
<br />
●中田昌秀先生の句<br />
　　　「思い切り　悪いを思慮が　あるという」<br />
　　　　　（ものも云い様で丸くおさまる）<br />
　<br />
●平川好子より先生の句へのコメント<br />
　　　　ゆっくり考えても一緒なのにぐずぐず男の多いこと、多いこと。<br />
　　　　“自由とは　酒が自由に飲めること”<br />
　　　　酒は微酔に飲むべし（中国古典）やかましい！<br />
　　　　今日もまた無粋に飲むゾ！<br />
<br />
●中田昌秀先生が平川好子を語る<br />
　　　「商売をなめずに苦労なめている」<br />
　　　　　ナニワ女の商いの道−商賣なめたらあかんで−（講談社刊）<br />
　　　　が劇画になった。<br />
　　　　彼女の食べもん屋商賣の生き様を書いたものである。<br />
　　　　私が感動したのは女なるが故の商賣の苦しみとか家庭の問題<br />
　　　　ではなく経営者と従業員のかかわり合いの部分である。<br />
　　　　これほど従業員とのふれ合いを大切にしているオーナーも<br />
　　　　少なくそれによって店も伸びていることが分かる。<br />
　　　　喫茶店に居酒屋、パブ、サロン、又うどん屋と。<br />
　　　　それが全部池田に集中している。その辺の理由は知らぬ。<br />
　　　　多店舗経営の場合、従業員教育が基本になるが、<br />
　　　　彼女の場合は教育というより分身を作ることに賭けていて<br />
　　　　それが成功している。性格は底抜けの明るさ。<br />
　　　　若い頃は芝居もしたが、今は川柳も楽しむ年齢になった。<br />
　　　　男女を越えた良き友達である。<br />
　　　　「やせてこそ苦労話は納得す」<br />
</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>マクロビオティックの昼食ビュッフェ、スタート！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=957435" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=957435</id><issued>2010-05-16T01:53:47+09:00</issued><modified>2010-05-15T17:05:29Z</modified><created>2010-05-15T16:53:47Z</created><summary>わが正弁丹吾グループ・ケータリング事業部がスタートして5年になります。
500名様位の大きなパーティーからお弁当まで、「ケータリング」とひとくくりには表せないほど多くの経験をさせていただきました。一日1000食のランチョンセミナーの数種類のどんぶり、3日間で150...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><strong><span style="font-size:medium;">わが正弁丹吾グループ・ケータリング事業部がスタートして5年になります。<br />
500名様位の大きなパーティーからお弁当まで、「ケータリング」とひとくくりには表せないほど多くの経験をさせていただきました。一日1000食のランチョンセミナーの数種類のどんぶり、3日間で1500食のサンドイッチ、桜の季節のお花見弁当、アフタヌーンティーパーティ……などなど、ケータリング事業を<br />
「待ちの商いから出かける商いへ」<br />
と豪語したものの、本当に不安で、身が引き締まる思いの新ビジネスでした。一回の食中毒ももちろん無く、お客様の「きれい！」「かわいい！」「おいしい！」という言葉を聞きたいばかりに、朝まで仕込みをし、そのままお客様のもとに走る時もあるという日々。そんな慌しさをくり返し、やっと「ケータリングという形式だからこそできることはなにか」が分かってきた今日このごろです。お客様においしい料理を運び、一時の「幸せ」をお届けできる喜びはもちろんですが、提供する私達にとってもサプライズの連続でした！<br />
先日は、ある宅急便の業者様の早朝ビュッフェケータリングで、ベストサーブのシェフ、平川千麿は、涙があふれんばかりの経験を致しました。<br />
その団体は、オーストラリア・メルボルンからのお客様で、なかには自家用機で来られている方もおられたそうです。<br />
シェフの千麿は、明徳学園時代に、一年間メルボルンに留学していたこともあり、お客様とメルボルンのことで話が盛り上がったそうです。彼がいつもプレイしていたゴルフ場のオーナー社長がおられたり、彼の通っていた学校の校長先生の親友の方がおられたり、とても親近感のある話題で終始したパーティーだったようです。<br />
彼いわく、「ケータリングは感動ビジネスと思っていたけど、本当やね」。<br />
10年の月日を経て、高校生だった僕が、今ケータリングのシェフとして大阪でメルボルンの人達と再会できるなんて…。<br />
<br />
またこのケータリングビジネスが、今年私たちに新しい挑戦のチャンスを与えてくれました。それは「マクロビオティック」というくくりのお料理のケータリングです。<br />
知人で白血病を患っていた方の情報で、池田にある「オーガニックレストラン ばんまい」というお店も知り、その影響で私も朝食は長年玄米食です。しかし健康的なご飯、健康的なお野菜を食べていても、朝までお酒を飲んでいると、私のような肥満になるのはあたりまえですが（苦笑）……。<br />
<br />
このマクロビオティックへの挑戦によって、いかに玄米が大切か、いかに産地の知れないお野菜が怖いか、調味料による体への害があるかを再確認するいい機会にもなりました。<br />
このお弁当配達は、池田から東大阪、奈良法隆寺、福住、奈良市内を回り、また東大阪に…という一日200キロを走り回るという距離。2〜3年で新車が一台ダメになるほどだそうです。<br />
実は、私はこの仕事に対して、お話を頂いた時には、<br />
「なぜ6時から200キロもの配達に出るの？」<br />
「年間を通して毎日配達してくれる人は見つかるの？」<br />
などなど、私にとりましては、とても不安の多い案件でした。<br />
この今までにない、慣れないケータリングを、三代目の一言で、私はすべての思いを引くことになりました。<br />
その一言とは、<br />
「きっちりとちゃんと誠意を尽くし、<br />
身体によいお料理を作れば、<br />
時間通りに配達すれば、<br />
毎月決められた日に決められた売上が入ってくる幸せ。<br />
今の時代は母上、これでいいのではないですか」<br />
「僕は続けます！！」。<br />
これを聞いて、「もう、彼に全面的に任せて良いかな」と思いました。<br />
私は、既存店もケータリングも生き残りをかけて戦っている外食産業の今、質と味と調理をきちんとお届けできる店であり続けたいと思っています。<br />
<br />
このお弁当を決めた三代目達に、心からエールを送り見守っていきたいとも思います。<br />
<br />
<br />
<br />
以下のお野菜は今回改めてその特徴や効能を調べなおしました。<br />
良い情報はこれからも探し続けたいと思っています。</span></strong></span><br />
<br />
<br />
<img src="images/ninjin.jpg" width="400" height="216" alt="" class="pict" /><br />
<img src="images/gobou.jpg" width="400" height="205" alt="" class="pict" /><br />
<img src="images/tomatosozai.jpg" width="400" height="244" alt="" class="pict" /><br />
<img src="images/nasubi.jpg" width="400" height="222" alt="" class="pict" />]]></content></entry><entry><title>新メニュー登場！！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=951398" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=951398</id><issued>2010-04-16T00:55:19+09:00</issued><modified>2010-04-18T10:51:02Z</modified><created>2010-04-15T15:55:19Z</created><summary>4月も中旬に。桜の咲いて散る様子を見ていると、不思議と人生のさまざまな出来事が思い起こされます。
40年前の昭和45年、自社ビル（現在の麺料理ひら川のビル）を建てての独立。当時１階が正弁丹吾という寿司屋、２階が私の「甘党、辛党の店たんご」、３階がお座敷とい...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><strong><span style="font-size:medium;">4月も中旬に。桜の咲いて散る様子を見ていると、不思議と人生のさまざまな出来事が思い起こされます。<br />
40年前の昭和45年、自社ビル（現在の麺料理ひら川のビル）を建てての独立。当時１階が正弁丹吾という寿司屋、２階が私の「甘党、辛党の店たんご」、３階がお座敷というこのビルを母と二人で切り盛りしてのスタートでした。「たんご」は、今の和風ファミリーレストランの走りのような店で、昼は定食や麺類を食べている人の横でカキ氷を食べている人がいる、夜はお鍋や刺身を食べているお客様の横でぜんざいを食べているお客様がいる、という風景もあたりまえ。<br />
「けったいな店やなあ」<br />
とよくお客様から言われたものです。<br />
「たんご」の数あるお料理の中で「おままごと」というメニューには、私の原点があります。今ではどこのお店でもメニューに入っている、小さなお料理がたくさんのっているお膳のようなものです。おにぎりも天ぷらも3センチ程のミニサイズ。おひたしや酢の物などを小さなお猪口のような器に盛り付けたもの。<br />
これらの食材が、まな板のような杉のお盆に、彩りよく盛り付けをしたもの。<br />
お洒落でかわいいお料理の盛り合わせが「おままごと」。<br />
料理のすべての原点はそこにありました。<br />
<br />
2010年4月1日付で社長を長男の千人、専務を三男の千麿に引き継いだ今、彼らはお料理を本当にていねいに、素材や調味料を厳選したものでメニューを構成するようにまりました。レトルトを使うと、驚くほど簡単に色とりどりのメニューが構成できる今です。<br />
「すべて手づくり、すべて店内仕込み」の中から生まれた「トマト鍋」もその一品です。私たちは、これからもお客様に喜んでいただける料理をお出しできるよう、お店が続く限り、惜しみなく努力していきたいと思っています。<br />
ここでちょっと出来合いのものを使えばこの何時間は早帰りができるのに…。しかし、私たちの店は昔も今も「コツコツ」が基本。コツコツトントントントン、そんな音を感じながら、今回も良いメニューが生まれました。昨今多いご法事などに備えたお料理や、いろいろなお味が楽しめる定食など、8年ぶりにメニュー改正！　カルト料理とおうどん以外は全部、リニューアルしています。定食などは同じお値段のまま、いろいろ、ちょっとずつを食べたい、というお客様のご要望に合わせた内容に衣替えをしました。<br />
この挑戦がいつまでも続き、体に悪さをする添加物や食材を使わないお店として生き残れれば、この世紀、最大の不況の中、こんなに幸せなことはありません。<br />
私ただ今、63歳、会長就任。<br />
40年の商い人生、55年の飲食人生をかけて、<br />
よいお料理が残る。<br />
よい料理人が残る。<br />
よい商人が残る。<br />
そんなことを祈りつつ…。<br />
<br />
<br />
<img src="images/ccc.jpg" width="300" height="199" alt="" class="pict" /><br />
「おままごと」に原点がある、このご膳もゼリーまでもが手作りという自信作！<br />
頑張れ３代目！というメニューかもしれません。<br />
<br />
<br />
<img src="images/bbb.jpg" width="300" height="199" alt="" class="pict" /><br />
「にぎわい膳」という、かご膳も、自家製麺のうどんがついて1500円、<br />
はちょっと頑張りすぎのメニューかもしれません。<br />
鰹がよくきいたおだしは、大阪を代表する銘店のレシピです。<br />
<br />
<br />
<img src="images/tomatonabe2.jpg" width="400" height="253" alt="" class="pict" /><br />
今春また再登場の「トマト鍋」のスープも丁寧にしっかりと何時間もかけて引いています。<br />
<br />
<br />
<img src="images/kanappe.jpg" width="400" height="266" alt="" class="pict" /><br />
このようなカナッペにも飾り付けの繊細さが・・・<br />
ベストサーブ（弊社ケータリング部門）が得意中の得意のお料理です<br />
おままごとのように、丁寧に可愛くいっぱい飾って！</span></strong></span>]]></content></entry><entry><title>大村崑さん・瑤子さん結婚50周年を祝って</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=944673" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=944673</id><issued>2010-03-14T01:44:45+09:00</issued><modified>2010-03-13T16:52:28Z</modified><created>2010-03-13T16:44:45Z</created><summary>先月３月１日、ロイヤルホテルにて、大村崑さん・瑶子さんの結婚50周年のお祝いの会がありました。崑さんご夫妻は、頓珍館のオープン時からのお客様でもあります。私は35年前から奄美大島でスキューバーダイビングをはじめ、主人が退職する3年前まで、毎年奄美の海に行っ...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;"><strong>先月３月１日、ロイヤルホテルにて、大村崑さん・瑶子さんの結婚50周年のお祝いの会がありました。崑さんご夫妻は、頓珍館のオープン時からのお客様でもあります。私は35年前から奄美大島でスキューバーダイビングをはじめ、主人が退職する3年前まで、毎年奄美の海に行っていました。そこで知り合ったダイバーの方のご紹介がスタートでした。以来25年間多くの場所で、お付き合いをさせていただいていますが、芸能人という立場を振りかざすことのない、気さくでお人柄のいいご夫妻です。<br />
最近では瑶子夫人が夏、イタリアのナポリに単身で数ヶ月カンツォーネの勉強に行かれています。もちろんいつも原語で歌われるのですが、全く言葉がわからない私が聞いても心に響く、素晴らしい歌声です！　<br />
そしてなんといっても、とっくに年金をもらえるお年になっておられるのに、その美しさたるや……。まさに目を見張るほどです。しかも、今回はご結婚当時白無垢を着ることができなかった瑶子夫人のために（当時崑さんのあまりの忙しさのためウェディングドレス１着のみだったそうです）、奥様念願の白無垢の花嫁衣裳を用意されていました。７０代の女性にとって、白無垢はある意味「オソロシイ」衣装。それに挑戦するのは非常に勇気がいることです。不自然になったりバランスが悪く見えてしまったりすることもあるのですから（そちらの方が可能性が高いかも……）。ところが、瑤子さんは高島礼子さんにそっくりの美しさで、<br />
「私が瑤子さんにいつも高島礼子さんとそっくりですよね」と言うと<br />
「彼女が私にそっくりなのよ！」といつもおっしゃいます。（笑）<br />
ジュンちゃん、セイちゃんという二人の息子さんも、幼い頃から存じ上げていますが、すっかり大人になられて、本当に「良いご家庭」の代表のようなご一家です。<br />
崑さんは先日亡くなられた藤田まことさんととても深いおつきあいだったようで、「もう喜劇界では、この年代、僕一人になりました」と挨拶しておられました。<br />
パーティーはなごやかに進んでいき、芦屋雁之助さん・小雁さん、そして崑さんの３組合同で行なわれたという、当時としてはとても珍しい結婚式の画像などが映し出され（テレビ局を入れた結婚式のはしりだったそうです）、大盛り上がりのパーティーとなりました。<br />
　なんといっても一番素敵だな……と感じたのは、そこここに有名人がおられるのに、みなさんがとても自然体で楽しんでいらっしゃる、その雰囲気です。突然飛び込んでこられた八代亜紀さんも、お二人ととても長いお付き合いらしく、終始リラックスムードでした。<br />
華やかな世界におられながらも、崑さん、瑤子さんは、私に対しても長いお付き合いというスタンスはいつも全く変わらず、すごいご夫婦だなぁ……と思うことしきりでした。<br />
その昔、私の自伝「びーだん　べったん　こめんじゃこ」に、無償で絵を貸し出して下さった「昭和の夢二」こと中島潔画伯と優しい目があまりにもそっくりな崑さん。<br />
ひとかどの人はみんな同じオーラをお出しになるものだと、つくづく感じます。<br />
今を楽しめる女性は、いつまでも美しい……という事を体現しておられる瑤子さん。<br />
このおふたりに、乾杯！<br />
<br />
<br />
<img src="images/2010031.jpg" width="400" height="300" alt="" class="pict" /><br />
ご夫妻の金婚式を祝う会！<br />
ご祝辞も藤本義一、新野新、成瀬國春、コロッケ、<br />
水谷豊さんなど有名人の方々のコメントのラッシュでした。<br />
<br />
<br />
<img src="images/2010032.jpg" width="400" height="300" alt="" class="pict" /><br />
どうしたらこのお年で、こんなに美しくいられるのか！<br />
家庭を持っている私にとっても永遠の課題かもしれません。<br />
<br />
<br />
<img src="images/2010034.jpg" width="400" height="300" alt="" class="pict" /><br />
関西生まれの私にとって、大村崑、藤山寛美、芦屋雁之助、<br />
芦屋小雁さんの画像は、関西喜劇人の方々との懐かしく<br />
嬉しい再会のようなひとときでした。<br />
<br />
<br />
<img src="images/2010033.jpg" width="400" height="300" alt="" class="pict" /><br />
崑さんのご子息、ジュンちゃんと！！<br />
お互いに大きくなりました（笑）が、２５年前から変わらない<br />
彼もご両親と同じく本当にお人柄のよい人です</strong></span></span>]]></content></entry><entry><title>バレエに魅せられて</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=938818" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=938818</id><issued>2010-02-15T00:12:52+09:00</issued><modified>2010-02-14T15:24:47Z</modified><created>2010-02-14T15:12:52Z</created><summary>今回は、春に向けて華やかなエピソードを。
阪急池田駅前、わがグループ店「ひら川」のすぐ近くに、「エトワールバレエスクール」というバレエ教室があります。その公演に、毎年連続で行かせていただいているのですが、幼稚園や小学生くらいの人が、これだけ踊れるのか…...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;">今回は、春に向けて華やかなエピソードを。<br />
阪急池田駅前、わがグループ店「ひら川」のすぐ近くに、「エトワールバレエスクール」というバレエ教室があります。その公演に、毎年連続で行かせていただいているのですが、幼稚園や小学生くらいの人が、これだけ踊れるのか…と、本当にビックリ！　<br />
この美しい世界が、大出唯さんという一人の先生によって、ここまで完成できるものなのか、と驚いています。演目は「ドンキホーテ」「くるみ割り人形」「眠れる森の美女」等々、子ども達が上手に踊ることに大感動…。この教室には、日本の大きなコンテストで賞を獲っている子が大勢いる、というのも納得です。この教室が、ひら川とご近所である偶然に、素晴らしいご縁を感じました。<br />
私自身、子どもや孫に、女の子がいないので、このような美しく可愛い世界は、別格のロマンを感じ、観るこちらも少女の頃に戻ったかのように、ウキウキと胸が弾みます。<br />
歌舞伎やお芝居など、もともとエンターテイメントは好きな私ですが、「クラシックバレエ」には特に、大きな憧れを持っています。50年くらい前、私が子どもだったころ、少女マンガのストーリーの中に、バレエやピアノが必ず出てきたものです。主人公達が着るヒラヒラと美しいチュチュという名の衣装を、私も着たい！と、風呂敷を何枚も腰に巻き、真似をして、踊っていたのを思い出します（笑）。<br />
　大きくなって社交ダンスも好きだったので、映画「shall we Dance？」の草刈民代さんにも惹かれたものです。20歳くらいのとき、社交ダンスを習っていました。特にラテン系の踊りは凄いものでした！最近ケータリングのお仕事で、パーティのデモストレーションの中に、プロの社交ダンスの方々が参加され、その中で一番感動を覚えたペアとお話することができました。しかも驚くことに、その方が、私の知り合いである安食慎太郎画伯のお嬢さんだったという偶然！そのおかげで、再び社交ダンスをたくさん観るようになりました。<br />
最近は、五月山体育館に有名な人達がたくさん来られているようです。美しい技の数々や「カチッ」と決まるポーズは、思わず声をあげてしまうほど感動致します。ラテンのリズムに繰り広げられる完璧な踊り。それは不思議と、食べものに通ずるものを感じます。<br />
お客様の求めるものを、時やタイミングを外さず、「カチッ」とつながる音が入るようなお料理やサービスを提供できたとき、私達の職業の真骨頂といえるのかも知れません。さりげない「カチッ」という音の中に、水面下の訓練だとか、積み重ねのお料理のワザだったりがあるんだなあ、と思いつつ、社交ダンスもバレエも拝見しています。<br />
どの角度からでも、私の仕事、そして生活を豊かにするヒントがたくさん隠れていて、学ぶ事が本当に多い、そして楽しいと感じます。<br />
そんな毎日に感謝し、今日も好奇心のアンテナを張り巡らせています…。<br />
美しいものに魅せられて！！<br />
<br />
<br />
<img src="images/030061.jpg" width="380" height="253" alt="" class="pict" /><br />
エトワールバレエスクールの主催者唯先生<br />
毎年教える子たちがあらゆるコンテストで賞を取っています<br />
<br />
<br />
<img src="images/030060.jpg" width="380" height="253" alt="" class="pict" /><br />
この美しいクラッシックバレエが私の幼い頃からのあこがれ！！<br />
本当に美し〜〜〜い！！<br />
<br />
<br />
<img src="images/utiage.jpg" width="380" height="253" alt="" class="pict" /><br />
エトワールの発表会の打ち上げを頓珍館にて・・・<br />
かわいくて美しい未来のバレリーナにカンパイ！！<br />
<br />
<br />
<img src="images/dance.jpg" width="380" height="253" alt="" class="pict" /><br />
この美しい社交ダンスにも忘れえぬ青春の思い出があります<br />
バレエもソシアルダンスにも感動！！<br />
夢のある美しいものは本当にステキですね！</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>里帰り出来ない、息子へ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=930797" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=930797</id><issued>2010-01-14T02:45:23+09:00</issued><modified>2010-01-18T10:29:55Z</modified><created>2010-01-13T17:45:23Z</created><summary>みなさま、明けましておめでとうございます。
2010年もよろしくお願い申し上げます。
私は忙しい年末を終え、家族や仲間と新しい年を迎えることができる喜びを噛み締めつつ、穏やかに年始を過ごしました。しかし一つ、寂しさと心配の種が…。次男の千輝です。アニメ制作...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;">みなさま、明けましておめでとうございます。<br />
2010年もよろしくお願い申し上げます。<br />
私は忙しい年末を終え、家族や仲間と新しい年を迎えることができる喜びを噛み締めつつ、穏やかに年始を過ごしました。しかし一つ、寂しさと心配の種が…。次男の千輝です。アニメ制作で忙しくて帰れない、とのこと。もちろん、お正月を返上するほど仕事に恵まれているのは、このご時勢、とてもありがたいことだと思います。しかし、息子の帰りを待ちわびる親心は、いくつになっても変わらないものです。<br />
昔、まだ彼がアニメの世界に入った頃やはり彼を思い、彼への思いを何かに表現したくて「誕生日いつ帰るの？」というテーマで出品したテーブルコーディネートで、賞をいただいたことを思い出します。あれは、テーブルコーディネートの勉強をはじめて1ヶ月目だったでしょうか。ちょうど大きな大会があったので、東京でアニメの制作会社「スタジオピエロ」で監督をしている次男への思いを込めて作った、テーブルコーディネートを出品したのです。そして、その製作意図を書くレポートも<br />
「いつでもがおかえり、いつでもが誕生日」<br />
そんな内容で写真に添える文章を作りました。後日、この賞を選んで下さった先生にお会いできたので、話を聞いてみると「テーブルコーディネートを見る前に、まず文章に心打たれました」と言っていただけたのが、とても印象的でした。<br />
それから約10年。彼の作る「ＮＡＲＵＴＯ」はフランスやイギリスなど、海外でも放送され、ファンを増やしていっているようです。<br />
世界に通用する作品づくりをしている彼にエールを送りながらも、帰ってくると私が冗談で、<br />
「大阪に帰っておうどん屋でもやらない？兄弟３人で食べもんや！！俗に言う三本(・・)の(・)矢(・)！！強い組織が出来るよ」<br />
なんて言うと、彼が<br />
「はぁ？僕がうどん屋？やれると思う？」<br />
と返し、笑い合うのがあいさつ代わりのようになっています。<br />
帰って来られないのにはそれなり理由があるので、寂しいですが、母親としては祈って待つしかありません。<br />
こんなとき、室生犀星の詞がいつも頭に浮かびます。<br />
「ふるさとは遠きにありて思ふもの<br />
そして悲しくうたふもの<br />
よしや<br />
うらぶれて異土の乞食となるとても<br />
帰るところにあるまじや<br />
ひとり都のゆふぐれに<br />
ふるさとおもひ涙ぐむ<br />
そのこころもて<br />
遠きみやこにかへらばや<br />
遠きみやこにかへらばや」<br />
この詞を思い出すたびに、食べることに困ろうが、乞食になろうが、ふるさとは帰るところではないですよ…という内容が胸につきささり、辛く悲しく残ります。育て終わった息子に対してもう祈るしかないという、良い親子関係が、永遠なることを。<br />
今は、年に一度酒盛りするのがやっとで、普段の生活では、東京で忙しく働く彼を、遠い大阪の空の下、その健康と活躍を心から祈るしかありません。<br />
皆様、アニメ「ＮＡＲＵＴＯ」を見ていただければ、とても幸いでございます。<br />
そんな母のページで、新年は始めさせて頂きました。<br />
今年も、皆様にとって穏やかで幸せな年になりますよう、お祈り申し上げます。<br />
<br />
<img src="images/201004.jpg" width="400" height="320" alt="" class="pict" /><br />
次男の帰阪を願い、つくったテーブルコーディネート<br />
入賞作「誕生日、いつ帰るの？」より<br />
<br />
<img src="images/201001.jpg" width="400" height="279" alt="" class="pict" /><br />
むかし・むかしの３兄弟<br />
<br />
<img src="images/201003.jpg" width="400" height="253" alt="" class="pict" /><br />
長男・千人（麺料理ひら川）の昨年のヒット作品「トマト鍋」<br />
長い時間かかってとるスープが、トマトやお野菜を美味しく！<br />
<br />
<img src="images/201002.jpg" width="400" height="250" alt="" class="pict" /><br />
三男・千麿（ベストサーブ）がN.Yスタイルのケータリングをコーディネート<br />
彼の作品は、案件ごとに違う料理を！違うコーディネートを！</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>おかえり、めぐみちゃん！！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=922946" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=922946</id><issued>2009-12-14T12:07:08+09:00</issued><modified>2009-12-15T18:08:56Z</modified><created>2009-12-14T03:07:08Z</created><summary>正弁丹吾グループは、「食」に一生懸命なのはもちろんですが、「人」も素晴らしい個性の人たちが揃っていると自負しています。
わが社は、「従業員が戻ってくる」確率がとても高いのです（私は、とても出戻りという言葉が好きです）。従業員が出戻るという事は、仕事の面...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><strong><span style="font-size:medium;">正弁丹吾グループは、「食」に一生懸命なのはもちろんですが、「人」も素晴らしい個性の人たちが揃っていると自負しています。<br />
わが社は、「従業員が戻ってくる」確率がとても高いのです（私は、とても出戻りという言葉が好きです）。従業員が出戻るという事は、仕事の面でも、もちろん助かるのですが、何よりも嬉しいのは「外に出たから余計に良さが分かる」と感じてくれること。「出戻りが企業を支える」という格言があるほどですから、その言葉どおり、帰ってきた人達は、前以上に活き活きと働いてくれています。<br />
めぐみちゃんも、「水商売なんて！」と親から勘当まで言い渡されながらも、短大卒業後うちの店で働いてくれていたという波乱万丈の経歴の持ち主。結局、彼女の気持ちが両親に通じて、勘当は解けましたが、勤続7年の後、お父さんの難病が発覚し、看病のために店を後にしたのでした。<br />
退社後7年の月日が経った今、金・土だけですが、現役復帰してくれることになったのです！昼は不動産業、夜はわが社で長年のブランクをものともせず、頑張ってくれています。<br />
彼女が働いているときには、まだ存在していなかったケータリングにも、すでに三回ほど参加してもらっています。（土日のみ）<br />
彼女曰く、<br />
「7年が長いのか短いのか分かりませんが、私がいなかった間に、ベストサーブという新業態が増えて、充実した会社になっているんですね。前は、お客さんが来ない日は『来ない、来ない』と待っているばかりでしたね･･･」<br />
離れていたからこそ、店の前進を、私たち以上に大きく感じているようです。<br />
「私も、どれだけ体力と気力が維持できるか分かりませんが、今また青春時代の夢や希望が胸がいっぱいに燃えた頃に戻っています」<br />
笑顔で「選手宣誓」をしてくれためぐみちゃん。<br />
彼女の素晴らしさは、すぐに発揮されました。一回目のケータリングではどうしたらいいのか、目が定まらず、右を向いたり左を向いたり…の状態だったのですが、2回目のケータリングでは、ドンと構えていましたから！<br />
そして先日、1000名様のケータリング！<br />
ベストサーブ始まって以来の人数・・・とにかくよく走り、よく守ってくれていました。<br />
ちゃんと全体が見えていて、一番大切なところに指示を飛ばしたりして、まさに「昔取った杵柄は健在！」。手が、身体が覚えているんですね。<br />
そんな従業員達の成長を見守ることができ、今年は、嬉しい気持ちで終われそうです。<br />
「本当におかえり、めぐみちゃん」が嬉しい嬉しい2009年の年の暮れです。<br />
<br />
<br />
<img src="images/IMG_2615.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
「本当におかえり、めぐみちゃん」<br />
めぐみちゃんについて詳しくは･･･<br />
ナニワ女の商いの道〜商売なめたらあかんで〜<br />
講談社刊　131ページに<br />
　◆客商売は人生修業の学び舎◆<br />
<br />
<img src="images/030036.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
7年前の一コマ！！（右から２番目がめぐみちゃん）<br />
みんな7歳若く･･･<br />
まだまだ青春は続きます！<br />
<br />
<br />
〜ケータリング後期〜<br />
1年の締めくくりの時期。ケータリングでは、去年に引き続き、様々な出会いがありました。<br />
1日1000人という依頼！300〜400人はやってきましたが、1000人という規模は、本当に手探り。しかし大変さより、こういったエコやロハスを考える取り組みでお仕事をいただけたのは、「すべて手づくり」という、ベストサーブのこだわりが認められたのかな……と嬉しさで胸がいっぱいになります。<br />
従業員達も、とにかく体力と気力勝負で頑張ってくれています。作り手もサーブする側もものすごいパワーを要しますが、「待ちの商いから出かける商いに」と豪語してはじめたケータリングですから、お断りする事はほとんどありません。そうした積み重ねが、今回のお仕事にもつながったと思っています。<br />
ベストサーブが支持される理由としては、京都での京料理修行、フランスパリ修行を経て、手づくりで本物の美味しさを独自に追及するトップシェフの平川千麿がいる、ということが大きいでしょう。眠れないほどの労力はあるけれど、化学的な味にがっかりすることが多い昨今の食材やメニューに染まらず流されず、手づくりに徹してやっていきたい、という思いがあります。そして、それは確実にお客様に届いています。<br />
またわが社のケータリングの、もうひとつの大きなお楽しみ、華やかで目的に応じたテーブルコーディネートは、私が担当。20代から40年、フラワーデザイン、そしてテーブルコーディネートの腕を磨いてきました。どの会場でも、いかなるリクエストが来ても、デザインできるのは、そんな経験の積み重ねの強さ。すべて個別対応です。「ベストサーブ」は、今まで培ってきた創造力の集大成だと思っています。<br />
もちろん、まだまだ学びの道は続き、私も現状に満足せず、レベルアップしていくつもりです！　来年もいろんなことに挑戦させて頂ければと心より願っております。<br />
どうぞ皆様、よいお年をお迎えくださいませ。<br />
　重ねて来年もよろしくお願い申し上げます。<br />
2009年12月15日<br />
<br />
<br />
<img src="images/20091202.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
83名様も集まられた、平川千麿シェフによる<br />
スイーツレッスン！！<br />
Ｘ’ｍａｓにちなんでベストサーブがプロデュース！！<br />
<br />
<img src="images/20091203.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
Ｘ’ｍａｓならではのコーディネートに<br />
お子様たちはとっても楽しそうでした。<br />
<br />
<img src="images/20091201.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
Ｍｙプレートに、オリジナリティあふれる<br />
Ｘ’ｍａｓデコレーションを、<br />
アラザンやチョコペン等で楽しまれました！</span></strong></span>]]></content></entry><entry><title>懸垂幕川柳に入選！！！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=914605" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=914605</id><issued>2009-11-15T03:47:54+09:00</issued><modified>2009-11-14T18:59:02Z</modified><created>2009-11-14T18:47:54Z</created><summary>私は川柳が大好きで、疲れて帰ってから朝まで詠むこともあるほどです。
しかし、今まで多くの川柳募集に対して出したことが無く、今回はじめて、百貨店主催の「全国けんすいまく川柳」に挑戦しました。なんと１位が100万円！それ以外の賞は1万円。さてさて、私の作品は……...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><strong><span style="font-size:medium;">私は川柳が大好きで、疲れて帰ってから朝まで詠むこともあるほどです。<br />
しかし、今まで多くの川柳募集に対して出したことが無く、今回はじめて、百貨店主催の「全国けんすいまく川柳」に挑戦しました。なんと１位が100万円！それ以外の賞は1万円。さてさて、私の作品は……。おかげさまで、１位ではありませんでしたが、入賞して阪急百貨店うめだ本店に飾られました。<br />
　川柳はもはや私の生活の一部。桂三枝さんの上方文化人川柳「相合傘」から始まり、そこで中田昌秀さんという先生に出会って、会員である新野新、古川嘉一郎、旭堂南陵、成瀬國晴先生など錚々たるメンバーと席を並べ、お酒を飲みながら、ワイワイとざっくばらんに川柳を詠み合うという素晴らしい環境で楽しんで来ました。<br />
そして今回、遅まきながらの初応募、そして初入賞。とても嬉しかったですし、こういう面白さがあるんだな……と改めて発見できました。発表までの間、100万円もらったらどうしよう？みんなで旅行に行ったり、百貨店でなにか買ったりしている映像が目に浮かんでくるんです。宝くじと同じ感覚です。当たるわけがないのにワクワクドキドキ…。このウキウキ感は、子ども時代の「ごほうび感」に似ています。<br />
私は小学校のころ、勉強をしない代わりに（笑）運動神経は人よりよく、運動会の花形でした。運動場の半周くらい抜く足の速さで一等になり、ノートや鉛筆をもらったものです。おかげで、六年間一度も鉛筆とノートを買ったことがありません。<br />
今では徒競走など一等、二等をつけたらダメ、という平等を重んじる風潮があるそうですが、私の時代は「それぞれのジャンルで、できる子を讃えてくれる」という教育方針が通っていたので、スポーツ万能な子は景品をもらったり、絵がうまい子はトロフィーをもらったりして、ごほうびをいただいたものです。<br />
この懸垂幕川柳の入賞で、その頃の高揚感がよみがえってきました。物や賞状がもらえるというのではなく、一番嬉しいのは、「やり遂げた充実感」が評価として確信できる事です。2001の食博でもらった料理コンテスト１位（「呉春鍋」）も、料理人たちの誇りだったのは、「頑張ったら認めてもらえる」というのが裏にあったのです。「頑張ると、こんな喜びがある」というほんわかした充実感。それが今回の懸垂幕公募で、再び芽生えました。「おーいお茶」や「サラリーマン川柳」などにも、挑戦してみようかな…??と思っています。<br />
　阪急百貨店うめだ本店は現在、工事中で、懸垂幕という形ではなく、地下に通じる階段のところに、全国１位の人と、入賞3人、合わせて4人分の川柳が飾られていました。それを見つけてメールや手紙を送ってくださる人が多く、「こんなに見ていらっしゃるんだ！」と少々驚き、嬉しく思いました。<br />
　この懸垂幕公募は、私が新しく通わせていただいている「川柳五月山」で最初にいただいた情報でした。「川柳五月山」は、｢相合傘｣とはまた違った川柳の面白さを教えてくれる場所です。｢相合傘｣の例会が、金、土曜日の月２回で、残念ながら食べもん屋をしている私にとってはほとんど参加できない曜日です。「寂しいな」と思っていた矢先に、教えていただいたのが「川柳五月山」でした。つくづく、会によってできる句（私の気分によるところ大ですが）は全く違うものだ、と通うたびに驚きます。たとえば「相合傘」では「デブデブというなあんたもかなりやで」でワッハッハ……と笑いを取ったものですが、「川柳五月山」では、先日「月」というお題で詠んだ私の句は、「月光の蒼さに座りひとり酌む」。うって変わって厳粛なムード。どちらも大好き川柳ですが、これからどんな句が生まれるのか楽しみです。<br />
私にとっては、金・土夜の「相合傘」がだめなら昼の「川柳五月山」があるさ、という勢いで、忙しくとも絶対続けたいと思っています。川柳万歳！です。<br />
　とはいえ、これから年末にかけて、インフルエンザの猛威におびえる中、忘年会シーズンの到来に備えて、思うように句を詠めない日々が続きそうです。<br />
これからは忘年会に向かってまっしぐら・・・<br />
皆様「どうぞ、忘年会よろしくお願い申し上げます」<br />
<br />
<br />
<br />
ケータリング後記<br />
<br />
今月も心に残るケータリングがありました。<br />
高台にある新築の高級マンションで、クリスマスイルミネーションの点灯式があり、住人の方々を集め、そのマンションの設計士、ランドスケープ（庭）のデザイナー、照明デザイナーの方々とのパネルディスカッションが行われました。<br />
その後、ベストサーブのお料理でしばし歓談！！生演奏はボサノバ♪&#9836;♪<br />
かっこいいセレブな奥様方でいっぱいのステキなパーティでした。<br />
千麿シェフにケータリングの名刺を40名もの方々がご要望！！<br />
「うちにもケータリングを」と。<br />
何とも嬉しいパーティでした。<br />
<br />
もう一件は、昨年に引き続き大手化粧品メーカー様の内定式後の懇親会でした。<br />
このパーティで思いましたのは、今年の不況の中でずい分キリッとした良い学生さんが入社されていると思いました。不況は企業にとって素晴らしい学生さんＧＥＴの年なのかもしれません。<br />
時代の流れと痛感<br />
美しい女性に囲まれて。<br />
明日から又、しっかりきれいに厚い厚いメイクをしなければ！（笑）と。<br />
<br />
<img src="images/11.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
阪急百貨店の通路に飾られていました。<br />
1位の人（賞金100万円）に会ってみたいなぁ（笑）・・・と。<br />
<br />
<img src="images/22.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
せっかくなので、賞金も持参して記念撮影を！<br />
嬉しい一枚になりました。<br />
<br />
<img src="images/33.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
セレブな方々の集いでお仕事させて頂けた感動！！<br />
「おいしい」のお言葉に謙虚に感動！！<br />
<br />
<img src="images/44.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
このピンクと赤がコンセプトカラーの企業様。<br />
又、来年もパーティのご依頼がありますように・・・と。</span></strong></span>]]></content></entry><entry><title>ケータリング・ベストサーブがお店の中で</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=904405" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=904405</id><issued>2009-10-15T01:37:10+09:00</issued><modified>2009-10-17T13:36:55Z</modified><created>2009-10-14T16:37:10Z</created><summary>少し前、池田ロータリークラブで講演をさせていただいきました。
実は、今までも様々な分野の方々からオファーを頂いてはいたのですが、
「お客様より高いところで講演などおこがましい……」
という私なりの考えの中で、池田での講演は、ほとんどお断りしていたのでした...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;"><strong>少し前、池田ロータリークラブで講演をさせていただいきました。<br />
実は、今までも様々な分野の方々からオファーを頂いてはいたのですが、<br />
「お客様より高いところで講演などおこがましい……」<br />
という私なりの考えの中で、池田での講演は、ほとんどお断りしていたのでした。しかし今回は、池田市立図書館からダイハツ工業株式会社も、三回に渡って社員研修させていただいた実績の中で、「そのようなわがままは通用しない時期にきている」と感じたのです。そこで今回はありがたくお受けし、池田ロータリークラブで<br />
「待ちの商いから出かける商いへ」<br />
をテーマに、２００２年の道交法で痛手を受けた地方都市の食べもん屋の「現状」を踏まえてはじめたケータリング事業部の話をさせていただくことになりました。<br />
N.Yスタイルのベストサーブは全国で初のケータリングプランナーとして、<br />
私どもがスタート致しました。<br />
池田ロータリークラブの方々に、私たちが取り組んでいるケータリングビジネスがどんな内容かをいうことを、より分かっていただくために、店の中で（麺料理ひら川の２Ｆにて）ケータリングのノーマルな形を実際に作ってみたのです。<br />
すると結構評判がよく・・・<br />
「こんなことをやっているとは知らなかった！」<br />
との声の多かったこと。<br />
さらに話を聞いて、市役所の方が今度結婚する一人に<br />
「結婚披露宴をシーホースでやろう」<br />
とすすめて下さり、店（シーホースの３Ｆ）のところどころにビュッフェ形式のお料理をおいて、実際にやらせていただきました。<br />
　私たちのケータリングは、猛威をふるっている新型インフルエンザの恐怖におびえながら、“いつでも”“どこでも”“お届け”、というコンセプトを貫いています。<br />
思い起こせば、本当にいろんな場所や条件でお食事を運ばせていただいたものです。キャバレーでの結婚式、深夜４時から始まる新地のクラブの打ち上げパーティー。４００名のケータリングの撤収が３０分という大阪中ノ島公会堂のパーティー。昼に始まる岡山のケータリング……。なかには、ホテルのオープニングパーティを私たちのお料理で、というのもありました。去る10月4日は名古屋の森林公園で野外結婚式並びにパーティ・・・<br />
“待ちの商売”から、“出かける商売”になり、いろんな出会いがありました。<br />
　そんなある日に、池田の店（待ちの店）には文福さんが元朝日放送の方と一緒にいらしてくれました。楽しい会話の中で面白いなぞかけをたくさんして下さいました。<br />
その中で・・・<br />
「ひら川の料理とかけて　文福の落語ととく　ネタが新鮮」チャンチャン♪<br />
「呉春とかけて　腕のいい大工さんととく　のみくちがいい」チャンチャン♪<br />
「中原さんご夫妻とかけて　頓珍館鍋ととく　似たものフーフー（夫婦）」チャンチャン♪<br />
何ともほっこりと和む会話！！<br />
待ちの商売から、出かける商売とはいいますが、待ちの商売を頑張って続けていたからこその出会いもあります。待つ（店内）もよし、出かける（ケータリング）もよし。<br />
商いとはいやいや面白いものですね。<br />
<br />
<br />
<br />
ケータリング後記<br />
8月に心斎橋にビリーズブートキャンプでおなじみのビリーさんのスタジオがオープン致しました。<br />
そのオープニングパーティ並びに9月のビリーさんのバースデーパーティも同スタジオで、ベストサーブがやらせて頂きました！！<br />
私はテレビで踊る彼の姿しか存じ上げなかったのですが、パーティの合間にも参加者の方々と素晴らしく身体を動かしておられました。<br />
このスタジオは、ビリーの義母でおられる佐藤様の社交ダンスのスタジオも兼ねていらっしゃるとか。同年代の奥様のスタイルの良いことこの上なし。今更ながらに自分の無くしたボディラインを悔やむことしきり・・・。<br />
人生とは取り返しがつかないことが多すぎると、これまた深く反省の秋の夜長でした。<br />
<br />
<br />
<img src="images/02.jpg" width="250" height="167" alt="" class="pict" /><br />
店内（ほんまもん麺料理ひら川）にて、テーブル席を使いビュッフェスタイルを表現！！<br />
<br />
<img src="images/0003.JPG" width="250" height="166" alt="" class="pict" /><br />
市役所の方々による、シーホース３Ｆで貸切結婚披露パーティ！！<br />
<br />
<img src="images/conv0006.jpg" width="250" height="167" alt="" class="pict" /><br />
名古屋の尾張旭市の森林公園にて、新郎新婦の希望で噴水の前で牧師さんへの誓い！！<br />
<br />
<img src="images/01.JPG" width="250" height="166" alt="" class="pict" /><br />
池田在住の中原ご夫妻と文福さん<br />
本当にさわやかな落語家さんでした<br />
世に出る人はやはり、お人柄もよし！！基本中の基本かも<br />
<br />
<img src="images/0004.jpg" width="250" height="166" alt="" class="pict" /><br />
ビリーさんのブートキャンプのパーティより！<br />
広くてきれいで素敵なスペースでした</strong></span></span>]]></content></entry><entry><title>関学食文化研究会</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=893432" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=893432</id><issued>2009-09-15T02:29:29+09:00</issued><modified>2009-09-14T18:06:07Z</modified><created>2009-09-14T17:29:29Z</created><summary>思いおこせば、25年前に頓珍館がオープンしてから今まで、本当にたくさんの出会いがありました。その中でも、辻学園調理製菓専門学校（元ＴＥＣ日調）の島田先生との出会いは特に大きいものでした。島田先生は、調理師学校の副学園長で、生徒にそれぞれ合った就職先を紹介...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="font-size:medium;"><span style="color:#000000">思いおこせば、25年前に頓珍館がオープンしてから今まで、本当にたくさんの出会いがありました。その中でも、辻学園調理製菓専門学校（元ＴＥＣ日調）の島田先生との出会いは特に大きいものでした。島田先生は、調理師学校の副学園長で、生徒にそれぞれ合った就職先を紹介してあげるという大きな責務を担っておられたのです。<br />
島田先生がうちのお店に紹介して下さったのが、私の本「ナニワ女の商いの道〜商売なめたらあかんで〜」（講談社刊）で、<br />
人は「猫に育てるのではなく犬に育てなくてはいけない」<br />
と書いたＴちゃんです。Ｔちゃんは島田先生の教え子の代表的な生徒さんでした。<br />
彼女が店に来たことによって、私の経営者人生も大きく変わったといっても過言ではありません。Ｔちゃんのパイプにより、日奈ちゃん、靖ちゃんという２人が店に勤めることとなり、今ではうちの中心人物として残っています。（20年勤続）<br />
彼女達が、私にとって本当にありがたかったのは、みんな食に関しての「プロ」を目指していたからです。入社時には大根のかつらむきもできない、魚の煮付けもできないような日奈ちゃんもいれば（心は天使ですが・・・笑）、パティシエとして最高の腕を持っている靖ちゃんまで、食べものの道で生きていくというという方向性は、全員が一致していました。これは、島田先生が教え育てた調理師学校の生徒の素晴らしいところで、経営する側として、とても育てやすいところです。<br />
今年は「食べもんや」を目指していたのに、次の年は「コンピュータ関係」に行きたい…などと、コロコロ目指すものが変わる人が多い中、ちゃんと「職業は食関係」と方向づけができている人が来て、さらにそのパイプで、ちゃんとした方向性を持った人が一人、また一人……と来る。多い時は4人ぐらい日調出身者がいて、店を盛り上げる力となってくれました。<br />
それから長い間島田先生のお顔を拝見する事がなかったのですが4〜5年前、二十年の月日を経て、再びご一緒する機会に恵まれました。なんと頓珍館で「島田先生を囲む会」を度々開いてくださることになったのです。長い間お会いできなかったので、本当に嬉しく、胸がいっぱいになったのはいうまでもありません。<br />
島田先生は「関学食文化研究会」の名誉会長として、いろいろな食事会を開かれていて、なんと私に「あんた、関学食文化の会に入りなさい」と仰いました。梅花学園卒業の私が「関学食文化研究会」に入れていただけるなんて！　<br />
役員の方々も温かく迎え入れてくださりました。そしてこの会に参加してからというもの、自分一人では分かりえない情報が入って来たり、美味しい店で会があったりして、本当に勉強になっています！　<br />
大変なこの時代「いろんなことを勉強していかなくてはいけない」と心を引き締めている今、頓珍館の創業当時の出会いが20年の月日を経て、再び繋がっていく幸せ。感謝の気持ちでいっぱいでした。<br />
人生は、人様との出会いで本当に大きく広がっていくのだな、と改めて感じることができました。<br />
<br />
<br />
後記<br />
　上記の文章は先生にお礼の気持ちを込めて、ある日の午前4：00頃書きおいたものでした。<br />
<br />
その日・・・この時間・・・島田先生がお亡くなりになっておられました。<br />
次の日ご連絡を頂き訃報を知りました。<br />
お別れの不思議を感じ・・・偶然とはいえ私に起こる多くの不思議に・・・！<br />
余りのことにしばらく言葉になりませんでした。<br />
先生の事を想い感謝を述べているその時、その時間に・・・。<br />
心よりご冥福をお祈り申し上げます。<br />
もっともっとお料理や食のお話をお聞きすればよかったと深く心に残りました。<br />
<br />
<br />
<img src="images/200909151.jpg" width="250" height="182" alt="" class="pict" /><br />
頓珍館の奥座敷で先生を囲む会が・・・<br />
左現会長、英國屋の松本社長、中央が島田先生<br />
<br />
<img src="images/200909152.JPG" width="250" height="188" alt="" class="pict" /><br />
先生のHappy　Birthday！！（90歳？）も頓珍館で。<br />
左、こなかの歌川社長、中央、河内ワインの金銅社長、島田先生の微笑がステキ！<br />
<br />
<img src="images/200909153.jpg" width="250" height="153" alt="" class="pict" /><br />
関学食文化研究会の一泊旅行。<br />
伊勢の旅、美しい伊勢湾の夕日に感動！<br />
小学校の修学旅行以来50年以上の月日が流れていました。<br />
<br />
<img src="images/200909154.jpg" width="250" height="167" alt="" class="pict" /><br />
先生の「偲ぶ会」が頓珍館、奥座敷にて・・・<br />
満中陰というお別れ会がしめやかに、そして板前もしっかりお料理をさせて頂けました。<br />
合掌</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>カラー診断にビックリ！〜残暑お見舞いにかえて〜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=880033" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=880033</id><issued>2009-08-13T01:20:26+09:00</issued><modified>2009-08-14T17:36:31Z</modified><created>2009-08-12T16:20:26Z</created><summary>突然ですが、皆様、自分の似合う色をご存知ですか？
私はここ２０年から３０年、着る服はほぼ「黒一色」でした。クローゼットは、まるで「喪服売り場」。見事に真っ黒けです！　好きな色、というのもありますが、肥満とともに、引き締め色の黒が自分にぴったり…と思いこ...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;">突然ですが、皆様、自分の似合う色をご存知ですか？<br />
私はここ２０年から３０年、着る服はほぼ「黒一色」でした。クローゼットは、まるで「喪服売り場」。見事に真っ黒けです！　好きな色、というのもありますが、肥満とともに、引き締め色の黒が自分にぴったり…と思いこんでいたのです。<br />
そんな中、私の友人である徳丸さんのお姉さま、中村さんにカラー診断をしてもらうチャンスが訪れました。<br />
私と同じ日に診断を受けたのは、美佳さん、舞子さん、育子さん、智子さん。ところが、私を含めた5人に、衝撃の結果が！　<br />
みんなひっくり返るほど、今まで似合うカラーと逆の色を選んでいたのです。「好みの色」と「似合う色」は違う、ということでしょう。私も、今まで自分が買っていた色はなんだったんだろう？　と愕然としてしまいました。<br />
このカラー診断は、似合う色を春・夏・秋・冬という記号で分けるもので、たとえば、同じ「黄色」をつけていても、似合う色が「夏」の黄色なのに、その人が「冬」の黄色を使っていたら、クマができたり、ほうれい線も出たりしてしまうのです。実際に色の布を当てながら説明してもらうと、本当にそのとおり、少しの色の違いで、顔が若くなったり疲れて見えたり。カラーマジックとはこのことです！　画像をご覧下さい、4人の美女の恐るべき変身…。<br />
私は、今までこういったものを少しバカにしていたところがありましたが、まさに目からウロコで、私自身、化粧法やファッションを見直すきっかけになりました。<br />
私はカラー診断によると「春」の色が似合うのだそうです。ところが、化粧品をチェックしてもらうと、ほとんどが「冬」の色でした。もちろん、黒ずくめファッションも……。素の自分より、かなりキツい印象に仕上がっていたようです。<br />
アドバイスを受け、私はアイホールに入れるラメを、シルバーからゴールドに変更。服は全体を変えなくても、スカーフやブローチなど小物を利用すればいいとのことなので、最近では淡いカラーのスカーフを巻くようにしています。スカーフなんて、何年ぶりでしょう。昔はもらってもつけなかったのに…。おかげでクローゼットにはスカーフが２０枚くらい増えました。<br />
すると、さっそく驚きの変化が。カラーマジックで醸し出す雰囲気が柔らかくなったのでしょうか、お客様も以前よりもっと「よっ！」と気軽に声をかけて下さるようになったと思います（笑）！<br />
今回の体験を通し、人生のどこかで「自分を診断してもらう」という機会はとても大切だ、と思いました。カラーはもちろん、香りもあるでしょうし、性格もあるでしょう。それを客観的に、しかもプロの手で診断してもらうと、いろんな発見ができるかもしれません。<br />
食べもの屋としては現在とても大変な時期ですが、そんな時に、あえてこういった挑戦をすることで、プラスに気分転換できた気がします。みなさんも、ゆったりとした夏休み、ぜひ何か試してみられてはいかがでしょうか…。<br />
正弁丹吾グループのスタッフも、カラー診断で自分を知りさらにイキイキと輝きを増しました。ぜひお店で、前とはちょっと違ったみんなの表情を確認して下さいませ。<br />
<br />
<br />
ケータリング記<br />
先日天神祭の日、堂島川に浮かぶ「どろ舟」である企業様の船上パーティのケータリングをさせて頂きました。<br />
まぁ午後2時ごろまでバケツをひっくり返したかのようなどしゃぶりの雨！！<br />
今日の花火は無理かも知れない・・・<br />
先方からは「雨が上がれば決行」という一番つらい型のケータリング！？<br />
昨年まではビルの中から2年連続天神祭りを眺めながらの静かで涼し〜いケータリングを！！<br />
雨と汗でぐしょぐしょの身体とゆれる、ゆれる、たまらないバランスの中での料理の準備・・・<br />
しかし、花火の時間になると時々パラパラと小雨が降る程度で無事終わりました。<br />
驚きましたのは、規制で夜23時まで車が入れられない回収に私は先帰りを、<br />
ＯＡＰと帝国ホテルの間にぎっしりと座り込んだ人々に、またまた驚いて帰ってきました。<br />
どこからこの人々はここに・・・と驚くばかり・・・でした。<br />
<br />
<br />
<img src="images/mika.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
美佳ちゃんは、「秋」でした。<br />
いつもの青〜い顔が頬に明るさが増して・・・<br />
不思議な美しさ！<br />
<br />
<img src="images/maiko.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
お化粧をまるでしていない、舞子ちゃん！<br />
若々しい明るさにビックリのかわいらしさ！<br />
<br />
<img src="images/ikuko.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
育ちゃん、20代！？でない彼女は・・・<br />
白く塗りすぎていたみたい！<br />
若〜くなりました（笑）<br />
<br />
<br />
<img src="images/tomoko.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
智子さん、彼女は今まで普通でした。<br />
しかし、まるで女優さんのように変身！！<br />
<br />
<br />
<img src="images/tenjin.jpg" width="200" height="134" alt="" class="pict" /><br />
船上ケータリングはハードですが、<br />
私たちも一生の思い出になる<br />
ロマンチックで楽しいものでした<br />
<br />
<img src="images/tenjin3.jpg" width="200" height="134" alt="" class="pict" /><br />
花火も船の頭の上でボーン、ボーンと<br />
聞き私の人生で花火を手の届きそうな<br />
ところで見たのは始めてのこと！<br />
余りの迫力に驚きました<br />
<br />
<img src="images/tenjin4.jpg" width="200" height="134" alt="" class="pict" /><br />
このＯＡＰと帝国ホテルの間に<br />
歩く隙間もないぐらい人でいっぱいでした<br />
本当にいっぱいでした</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>トマト鍋に集う</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=863633" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=863633</id><issued>2009-07-15T03:31:44+09:00</issued><modified>2009-07-14T18:32:46Z</modified><created>2009-07-14T18:31:44Z</created><summary>『トマト鍋に集う』

食を扱う商いをする限り、「時代を先行する、今を感じ取る」という意味でも、定番メニューで留まらず、常に新しい商品を研究し、みなさまにお出しするという楽しみや責務があります。
そんな中で、ここ二年ほど温めていた新メニューが登場しました...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;">『トマト鍋に集う』<br />
<br />
食を扱う商いをする限り、「時代を先行する、今を感じ取る」という意味でも、定番メニューで留まらず、常に新しい商品を研究し、みなさまにお出しするという楽しみや責務があります。<br />
そんな中で、ここ二年ほど温めていた新メニューが登場しました。<br />
それは『トマト鍋』　リコピンが多く入っているこの鍋は、前からずっと手掛けたかったメニューの一つでしたが、わが店は、インスタントや冷凍食品などの食材を使う多くの店やメニューが多い中、自然・ロハスにこだわっていますから、ベースの煮込んだ琥珀色のスープを作り上げるのにも、時間がかかりました。<br />
材料は、トマト・青菜・レタス・たっぷりのたまねぎ・豚肉…。そして締めはパスタ。ユニークなお鍋ですが、今日誰でも用意できそうな、そんなに珍しくない食材です。しかし、この琥珀色のスープと、ゴマ風味の洋風つけダレに、他社様とは違う正弁丹吾グループの深い味わい、そして誇りが詰め込まれているはずです。その結果、何とか「他社ではない逸品」となり、夏のメニューとして定着してきました。<br />
<br />
正弁丹吾グループは、この「なんでもない素材を最高の料理に仕上げる」というのが得意です。思えば、２００１年に食博でグランプリを獲得した「呉春鍋」もそうでした。「呉春鍋」は地酒「呉春」の酒かすを使った鍋で、コンクールに応募した各店の何百種類もの作品の中でのグランプリ獲得だったのですが、忘れられないエピソードがあります。<br />
その時は「新しい素材」というテーマだったのですが、審査員の有名シェフから<br />
「この呉春鍋は、どこが新しい素材なのですか、ちっとも珍しい食材は見られませんが・・・」<br />
と、ちょっぴり意地悪な質問を投げられたのです。すると、調理をした長男・千人が即座にこう返しました。<br />
「皆様のご家庭に、一年に何度くらいかす汁が並びますか。『かす汁』というもの自体が、どんな料理かすら分からない若者も、今では随分います。時代の流れの中で、こういった忘れられようとしている食材を掘り起こした、という意味で、これは新しい食材だと思います」<br />
この呉春鍋は、今では頓珍館鍋に続いて、人気ナンバー２になっています。<br />
そして今回のトマト鍋。今まで、夏は陶板を使った遠赤外線による焼肉のコースが一番だったのですが、今年は、見事にトマト鍋がその予約人気を追い抜いたのです！　なんでもないところに時間をかけること、そこにプロが作る強みがある……。私はそう思っています。特に、最後のリゾットは、新しい感動をして頂けるはずです。その優しい味わいを一度体感してみてくださいませ。<br />
<br />
そしてある日。このトマト鍋がどれだけお客様を夢中にさせているか…というのを実証するような事件がありました。<br />
とあるお客様の足元を見てみると、右はスリッパ、左が靴！　お店についてから気付いたというのです。話を聞いてみると、トマト鍋をどうしても早く食べたくなって、慌てて会社を飛び出して来られたとのこと。商売冥利に尽きるとはこのことです。<br />
本当？うそ？でも、あまりにも微笑ましく、そして嬉しかったので、写真を撮らせていただきました（笑）。<br />
こんなにトマト鍋を喜んでくださっているお客様がいる…。これだけでもその日は上機嫌だったのに、さらに私に嬉しい出来事が待っていました。帰ろうとしたとき、隠れていた従業員達がザッと出てきてくれて、誕生日のサプライズをしてくれたのです！　手作りのケーキを焼いて、ハッピーバースデーを歌ってくれました。喜びがいくつも重なった日。私は胸が熱くなりました。<br />
こんな幸せが、私の心にどれだけ積み重なっていることでしょう。会社や私の記念日には、みんなその日にちなんだ各々手持ちの写真をアルバムにして、一人一人がメッセージをつけて送ってくれます。そのアルバムに、すべてが詰っています。<br />
我社が個人から株式会社に変わったときには、スタッフがプレゼントしてくれたハナミズキの木は、わが家で毎年美しい花を咲かせています。<br />
私の生活は、いたるところにスタッフ達からのプレゼントが散らばっています。やさしい言葉、笑顔、そして成長していく姿。<br />
そして今回は、トマト鍋と深夜のサプライズ。最高の一日でした。<br />
<br />
<br />
<img src="images/tomatonabe.jpg" width="280" height="177" alt="" class="pict" /><br />
<br />
今夏の人気商品として登場！！<br />
トマトたっぷりのお鍋として予約の60％が<br />
この『トマト鍋』<br />
<br />
<img src="images/gosyun.jpg" width="250" height="200" alt="" class="pict" /><br />
<br />
2001年食博でグランプリの『呉服鍋』<br />
我社の若い力が終結したほこりの料理です<br />
<br />
<br />
<img src="images/kutu.JPG" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
<br />
トマト鍋を食べる日にあまりに急いでと！？？<br />
右がスリッパ、左が靴。<br />
信じられない嬉しさがございます。<br />
<br />
<img src="images/birthday.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
<br />
たまたまこの日が私の誕生日！！<br />
一日の疲れを忘れさせてくれる<br />
全メンバー深夜のサプライズ！！<br />
我グループのこの結束が誇りです！</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>感動のケータリング</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=847667" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=847667</id><issued>2009-06-14T23:49:55+09:00</issued><modified>2009-06-17T16:15:48Z</modified><created>2009-06-14T14:49:55Z</created><summary>「その一」
ケータリングで、また一つ素晴らしい感動的な出会いがありました。
今回の会場は伊丹のスワンホール。それが何の会か私たちは知りません。私たちケータリングスタッフは、基本的にお客様の好みに応じたお料理とドリンクを人数分ご提供するのが基本で、会の内...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;">「その一」<br />
ケータリングで、また一つ素晴らしい感動的な出会いがありました。<br />
今回の会場は伊丹のスワンホール。それが何の会か私たちは知りません。私たちケータリングスタッフは、基本的にお客様の好みに応じたお料理とドリンクを人数分ご提供するのが基本で、会の内容まではあまり聞かないのです（お客様から言ってくださる場合はもちろんプランニングそしてレイアウトも致します）<br />
会場で準備をしながら、この会が「この本大好きの会　伊丹支部」での、ある先生の送別会だとわかりました。お母様の介護で岡山に帰る先生のために、関係者や生徒さんの父兄が開いたお別れ会でした。<br />
その先生の長い歴史と人生を、私たちのお料理を召し上がりながら、振り返っていくのです。こういった瞬間に立ち会える喜び。私は、ケータリングをして良かった、と本当に胸が熱くなります。<br />
　みなさんが先生にメッセージを言われるのですが、その一言一言から、本当に素晴らしい先生だったのだな…と伝わってきました。<br />
　伊丹で35年勤務、先生歴は38年。大変な子ども達が多い中、本を読んで聞かせる活動を続けていらっしゃったということです。先生の読む声は、プロのアナウンサーが読むより、内容を「活かす」とても澄み切った声で、その読み聞かせ方からも、子どもの心に訴えたい、という深い気持ちが感じられます。<br />
「これは、私が絶対続ける。子ども達に伝えるんだ！」<br />
という情熱。<br />
先生は、最後に、ポプラ社発行の「だんごどっこいしょ」という絵本を読まれていたのですが、私はそばで片付けの途中でありながら涙が止まらなくなりました。<br />
　このおはなしの中から、どれだけ子どもとコミュニケーションを取ってこられたのか、声・目・表情ですべて伝わってくるのです。<br />
　私が何度も溢れる涙を拭いていると、驚く事に、ある一人の先生が<br />
「平川さんのお母様では？　千輝くんはお元気ですか？」<br />
と声をかけて下さいました。<br />
　なんと、二男の千輝の小学校で、お世話になった先生でした。そのころ、私は子育てと同時に、仕事でとても忙しい時期でもあり、「絵本を読んであげる」と子どもに言いつつも、結局一日3分の１ページしか読めない…という感じでした。<br />
　千輝は、学校がイヤで、ずっと医務室で過ごしている子だったそうです。しかし、感性は、人一倍強く、私がびっくりするような事を彼から聞いたりしました。<br />
連日連夜繰り広げられる従業員との我が家での“飲み会”。<br />
そんな中で私が常にスタッフに言い聞かせる言葉の一つに、<br />
「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」<br />
があります。京セラの創業者・稲盛和夫氏の講演テープを聞き深く感銘を受けたもので、<br />
「自分のためにならない言葉は、やさしく、心地いいもの。自分のためになる言葉は、耳ざわりのいい優しい言葉ではなく、情け容赦もないくらいにきついもの、それを素直に聞く勇気を持ちなさい」という気持ちを込めて伝えてきたのですが、千輝は（当時小学生）<br />
「お母さんは、ＡさんにもＢさんにも同じことを言ってるのに、なんで出る結果がみんなちゃうの？」<br />
と不思議に思って私に聞いてきたのです。私は唸りました。<br />
すぐに答えられませんでした。<br />
「千輝はどう思う？」<br />
しばらくして、彼は答えました。<br />
「うーん、聞く人の心が違うねんな…」<br />
あまりの直言で言葉が出ませんでした。<br />
私は、彼は子どもながらに様々なことを考え、迷い、答えを出そうとしているのだなあ…と、とても感動した事を覚えています。<br />
この千輝は、文化祭のセリフも、練習では参加もせずずっと言えなかったのに、本番では誰よりも大声でセリフをきっちり言いました。先生が思わず<br />
「あんなに出来るんですね」<br />
と大泣きして下さった事を懐かしく思います。人は余り姿や言動で決め付けてはいけないものだとも気付かされました。<br />
今では東京のアニメ会社「studioピエロ」というところで「NARUTO」の制作も担当しています。<br />
「だんごどっこいしょ」を聞いて、ああ、幼い次男千輝に読んであげれば良かった…と、思ったのでした。絵本の読み聞かせは、子どもだけでなく、私たち大人の心にもなにかを「呼び起こさせる」力があるようです。<br />
<br />
　この送別会では、最後にさらなる感動が待っていました。小さい頃、その先生に頂いた「天使のかいかた」という本をずっと持っていた子が、その頂いた本にお礼のメッセージを書いて先生にプレゼントして返したのです。本当に小さい頃から持っているので、本をかじった跡などで、端もボロボロになっているのですが、それが逆に、本と先生への愛情を表しています。<br />
　先生も生徒さんも涙でぐちゃぐちゃです！　教える先生も素晴らしいですが、それを素直に心に受け止め、育っていく生徒も母親も素晴らしい…。<br />
　なんと尊い関係なのでしょう。ケータリングで、また大きな宝物を頂きました。<br />
<br />
「その二」<br />
先日チンチン電車で川柳の会（相合傘）がありました。<br />
当日参加者である私がお料理をさせて頂くことになり、ベストサーブのケータリングを電車の中で盛り込み、動く電車の中で食事をしながらの川柳“チンチン電車を愛する会”の旭堂南陵氏のお世話によるもので、本当に楽しい会でした。<br />
何人かの方から料理よしのメールを頂き、川柳例会の余韻が何日も続きました。<br />
<br />
<br />
<img src="images/1goroku.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
「だんごどっこいしょ」を読まれる先生の姿に、<br />
テレビで見聞きした「まんが日本昔話」に<br />
匹敵する素晴らしい感動を覚えました。<br />
伊丹のスワンホールにて。<br />
<br />
<img src="images/2goroku.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
阪堺電車のこの可愛い車両が今回の例会場所。<br />
天王寺　→　浜寺　→　我孫子　→　天王寺の<br />
約２時間３０分、車窓からは不思議な昔に<br />
タイムスリップしたかの景色がぼんやりと・・・<br />
<br />
<img src="images/3goroku.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
新野新先生、古川嘉一郎先生、成瀬國晴先生、<br />
旭堂南陵先生、はじめ多くの名だたる先生方の<br />
おかげで、皆川柳の力はメキメキ？<br />
本当に楽しい相合傘です。<br />
いつも大変なお世話役の大谷氏と。<br />
<br />
<img src="images/4goroku.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
「桂三枝の相合傘」から始まり、中田昌秀先生<br />
という師とめぐり逢い続けてきました川柳。<br />
この会も随分新しいメンバーが増えました。</span></span></strong>]]></content></entry><entry><title>食博、大盛況！感動、感謝のご報告</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yoshiko.shobentango.com/?eid=832300" /><id>http://yoshiko.shobentango.com/?eid=832300</id><issued>2009-05-13T22:32:39+09:00</issued><modified>2009-05-13T16:48:53Z</modified><created>2009-05-13T13:32:39Z</created><summary>4月30日から開催された「食博覧会・大阪09」が、5月10日、大盛況の中無事閉幕致しました。
「100年に一度の不況」と言われている時代、お客様は来て下さるだろうか…という心配などどこ吹く風で、なんと動員数は64万5000人！毎日大忙し、たくさんの感動に包まれ充実した10...</summary><author><name>平川　好子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;"><strong>4月30日から開催された「食博覧会・大阪09」が、5月10日、大盛況の中無事閉幕致しました。<br />
「100年に一度の不況」と言われている時代、お客様は来て下さるだろうか…という心配などどこ吹く風で、なんと動員数は64万5000人！毎日大忙し、たくさんの感動に包まれ充実した10日間となりました。<br />
　「食博覧会・大阪」とは、『「食」を通じて大阪を明るく、元気にしていこう！』というお祭りです。 <br />
私も会員であるORA(大阪外食産業協会)主催、1985年から4年に1度開催される「日本で最大のおいしいイベント」なのです！<br />
毎回、関西電力と、大阪ガスが交代で会長をして下さいます。<br />
今年は大阪ガスの順番で、会長は大阪ガスの取締役社長、尾崎裕氏が会長を務めて下さいました。しかも、顧問には、大阪府知事の橋下徹氏、大阪市長の平松邦夫氏、作家の堺屋太一氏など錚々たるメンバーで、まさに「官民が手を取り合って盛り上げたお祭り」であることが、実行委員会の構成を見ただけでもお分かりいただけると思います。<br />
　1985年から開催され、今年で7回目。会を重ねるごとに内容も充実してきて、今回も「よくぞここまで！」と胸がいっぱいになることの連続でした。<br />
　まず、オープニングの4月30日、さっそく素晴らしい出会いがありました。5号館で「花の舞台」ステージで、假屋崎省吾の「トークとフラワーデモンストレーション」が開催されたのですが、私が彼のオープニングパーティでアテンドをさせていただいたのです。假屋崎氏については、お名前と華道家である、というくらいしか知りませんでしたが、ほんの短時間一緒にいるだけで、長年の友人のような親しみを感じることができました。時には二人でコソコソ、ナイショ話も（笑）。<br />
　食の世界でも華道の世界でも、世に出る方は人の懐にスッと入る特別な魅力を持っていらっしゃる……と感動！！「食博も、假屋崎さんに花を活けてもらえるまでになったんだね」と感動の声がもあがるほどでした。<br />
食博は基本的に食の催しですが、今回の假屋崎氏のように、そのほかの文化的なイベントも開催しています。そこでも毎回違ったストーリーや感動が生まれ、思い出となり、次回への活力となっていきます。<br />
<br />
　食博覧会が盛況する理由として、食に対する愛情と、それを表現するアイデアはもちろんなのですが、もうひとつ「会場が清潔」であることが挙げられると思います。<br />
　食のイベントは、つい食べかすや紙皿の放置など、不潔な床を想像しがちですが、食博に関しては、不思議なほどキレイです。これは、「セイフティ＆クリーン！ごみひとつない、きれいな会場」をORAが目標として掲げているからです。もちろん、掲げるだけではこれだけ清潔に保てません。そこには、私達会員はもちろん、ボランティアの方々の大活躍があります！<br />
　閉幕した後のファイナルパーティーでは、私はこの「裏の立役者」たちであるボランティアの人達に、感謝の気持ちをこめて、ビールやジュースを注いで回りました。中には<br />
「僕はもう、次は参加できるかどうか分からないなあ」<br />
などというおじいさんとも、<br />
「次の食博にも参加するぞ、という気持ちでお元気でいて下さい！またお目にかかれますのを楽しみに！！」<br />
などと、うれしい交流の時もありました。<br />
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　大感動の連続だった食博ですが、実は、私は本職であるケータリングが忙しかったりして、「食博実行委員会」もなかなか参加できない日が続きました。思い起こせば、過去の食博も、本を執筆中であったり、インターフェロンを打っていたりと、４年ごとに全力投球できないことが多い私でした。会員として名を連ねていていいのかしら、とＯＲＡの卒業の申し出をした事もありました。<br />
けれど、<br />
「まだまだ、元気な平川さん！引退はまだ早い！」<br />
・・・などとおだてられ！？笑笑<br />
また2年、また2年……と継続し、結局今に至ります。<br />
　今回、食博で副会長・理事長を務められた、 ORA会長重里欣孝さん（「サト レストランシステムズ」社長）が、御礼の挨拶の時、感動で声を震わせておられました。私は食博の2回目（1989年開催）から参加していて、心にはその回数分、感動が蓄積されています。食博に全てを注ぎ込んだ方と、同じ充実感は、長年続けてきたからこそ味わえるものでしょう。継続は力、といいますか、継続は「感動」である、と本当に思います。<br />
<br />
　食博を通して、多くの方に「食べる楽しさ、素晴らしさ」を感じていただければ、こんなに嬉しい事はありません。なにかのデータで見たところ、「子どもがなりたい職業」の中で、食に携わる仕事は、とても人気があるようです。<br />
私の息子が昔、しいたけで出来た怪獣を見て「食べ物っておもしろい！」と興味を持ち始めたのと同じように、食博に来た子ども達が、夢工房こどもキッチンやフッピープラザの楽しい体験を通して<br />
「食をもっと知りたい！」<br />
と将来への夢を膨らませてくれているかもしれません。そんなことを想像するのも食博が私にくれる幸せ。生きていく上で、奉仕の精神が必要としたら、私はいただくばかりの人生かも知れません。日々感謝あるのみです。<br />
10日間、食博に来てくださった皆様、一緒に食博を盛り上げてくださった皆様。本当にありがとうございました。4年後の再会を楽しみに…！<br />
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<img src="images/conv0003.JPG" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
フッピープラザに今回も“楽しさ”が飾られていました！！<br />
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<img src="images/conv0002.JPG" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
假屋崎省吾氏の何とも楽しい飾りつけでした<br />
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<img src="images/conv0001.JPG" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
事務局の控え室にて元会長の<br />
がんこフードサービス?の小嶋淳司氏、<br />
現会長の<br />
サトレストランシステムズ?の重里欣孝氏と共にピース！！<br />
<br />
<img src="images/conv0004.JPG" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
ＯＲＡの重鎮の人々と共にファイナルパーティにて！<br />
私の左隣は?音羽の田舞氏、彼はＪＣ以来30年の友です！</strong></span></span>]]></content></entry></feed>