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頑張れ!日本生まれのベトナム人シンガー Hien
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    正弁丹吾グループには、何かに引き寄せられるように様々な個性の人が集まります。
    私は彼らよりも長く人生を歩んでいますが、教えられることがいっぱいあります。
    彼らは私に驚くような発見をさせてくれるのです。そして、時にはその存在を通じて「出会わなければ、一生『知らない』で通り過ぎていたこと」に、直面することもあります。
    Hien(ヒエン)がまさにそれです。
    今彼女は、昼は、ヨドバシカメラ梅田・コムサ7F・スイーツミュージアム内の姉妹店「葉菜麺」、夜は、池田市役所東うらの「シーホース」で働く正弁丹吾グループのスタッフであり、また、10月にCDデビューを果たした新人歌手でもあります。
    ヒエン自身は彦根生まれの彦根育ち。エキソジックな魅力のある綺麗な日本のお嬢さん、といった感じです。
    しかし、彼女はれっきとしたベトナム人で、ご両親はベトナム戦争以降、国を出たボートピープルでした。
    インドネシアなどから、安住の地を求め、日本も転々としたのち、やっと彦根に落ち着くことが出来たのです。縫製の仕事に就き、裕福とはいえないながらも安心して家族が住む場所を作った彼らの苦労は、多くの出来事を想像しただけでも涙が溢れそうです。
    彼女は、両親の苦労を見て育ってきているのですが、性格的に繊細なところがあり、今までなにをしても、すぐに挫折をしていたそうです。けれど、歌とダンスだけは別。
    「私は歌で家族を守る!」
    という思いを胸に、必死で頑張ってきたのです。
    そして、10月15日、「KAZE」で念願のCDデビューを果たしました!
    私は、このCDは「彼女ひとりの歌」だけだとは思っていません。彼女を育ててきたご両親が背負う過去、つまりベトナム戦争という現実をも含んでいると思っています。私は彼女に会うまで、ベトナム戦争は、漠然とした歴史上の事件でしかありませんでした。しかし、彼女の存在によって、その壮絶さを間接的にですが知ることになり、資料などを読み、深く勉強しなくてはいけない、と思うようになったのです。
    実は、先日そんな彼女が、小さな悲鳴をあげました。
    3日後にライブを控えた夜、「もうできない」と呟いたのです。
    営業時間を過ぎた、真っ暗な「葉菜麺」の店内。私はヒエンを説得しました。
    異国の地で、家族の生活を背負う彼女の気持ちは、不況の中、大勢のスタッフとその生活を背負う私には、理解できる。
    ともに凄い重圧を感じているもの同士なのだから。
    しかし、彼女のご両親に比べたらどうだろうか。老朽化したボートで、「難民」と言われながら自分たちの生きる場所を探し続けた、その壮絶な道のりに比べたら私たちの苦労なんて…。私は彼女に語りかけながら泣いていました。そして、最後に言いました。
    「もう一度命からがら国から逃げて来たお母さんの苦労を思ってみよう・・・ヨ!その苦しさに比べたらHienちゃん・・・今・・・何でも出来ないかな!」
    「こうやって、一緒に泣いてくれる人がいる、という事だけでも生きていけない?」と。
    彼女は頷き、力強く「やります」
    と答えてくれました。本当に素敵な笑顔で。そして、ライブの日に、
    「今日このライブにつなげてくれた恩人がいます…」
    「あなたに逢えてよかった」を唄いながら私の方を手で示してくれました。
    感謝の気持ちを伝えてくれたんだと知った時は涙が止まりませんでした。
    彼女のように、青春時代、なにか命がけのものを見つけることができた人は本当に幸せだと思います。彼女のCDはシーホースでも売っていますが、店との信頼だけで、中身を聴く前に買ってくださるお客様もいます。
    それは同情ではなく友情なのです。
    そして、次からその友情の輪を広げていくのは、彼女の歌声なのだと思っています。
    もちろん、彼女のCDデビューまでの道のりは順風満帆とは程遠く、路上ライブや陽の当らないタレント活動など、地道な活動をコツコツと続けてきた結果です。
    私たちの仕事も同じ。美味しいものを食べていただくという仕事の前に、ビラ配りや着ぐるみ(トマトのかぶりもの)などでのお店の宣伝があります。しかも、店が何十年も続いていく中、心と体に少しずつマンネリが蝕んでいきます。
    しかし、私はありがたいことに、ヒエンをはじめ、個性的なスタッフたちとの数々の出会いのたびに「初心」に帰る事が出来るのです。
    彼女は今、同じ正弁丹吾スタッフの厚ちゃん、舞子姉妹と同じ部屋に同居しています。
    しかも「しばらく一緒に住んであげてくれる?」
    というと、すんなりと「いいですよ」
    と笑顔で快諾です。この二人の優しさに、私は正弁丹吾の精神が受け継がれていることを確信し、感動しました。
    見知らぬ土地で、他人と住むヒエンと、それを大きく自分の家に手を広げて向かえる厚子・舞子姉妹。
    殺伐とした現代で、宝物のような心のつながりです。
    みんな、自慢の私の子どもたちです。
    そして、私自身も、みんなの子どもなのかもしれません。
    日々、彼らに育ててもらっていますから…!
    私の商い人生もまだまだ・・・続きそうです。



    昼は葉菜麺、夜はシーホース!
    プロの歌手も食べていくのは大変・・・大変



    初ライブの日、ベトナム難民としての・・・
    お母さんの嬉しさは、きれいでした



    友情のベストサーブのケータリング!
    矢沢永吉ファンのオーナー様のお店に、
    お料理も不思議にマッチ!!



    ライブ終了後、Hienちゃんを囲んで
    イエーーイ!!
    posted by: shobentango | - | 02:36 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント書くのは初めてなので、方法わからず、一番古い日付のやつにコメント書いてしまい(2006年のやつ(笑))、再挑戦(^O^)。初めまして、母の昔話で耳タコなほど聞かされてた40数年前に池田にいた頃の『よっちゃん』が、ケーブルテレビ番組で偶然見た池田の飲食店店主の好子さんと同一人物と知った驚き(笑)中村メイコに激似に変化した母と阪急電車内で再会しても、加賀のオッチャンも好子さんも気づくわけないっ(-_-;)竹内まりやの『駅』の歌詞じゃないが、40数年の時が変えたものは〜〜〜…見てのとおりですぁぁって(笑)。加賀のオッチャンと好子さん共々のご多幸を祈ってます( ´艸`)
    | 中川美都子 | 2008/12/15 2:48 PM |
    コメント書くのは初めてなので、方法わからず、一番古い日付のやつにコメント書いてしまい(2006年のやつ(笑))、再挑戦(^O^)。初めまして、母の昔話で耳タコなほど聞かされてた40数年前に池田にいた頃の『よっちゃん』が、ケーブルテレビ番組で偶然見た池田の飲食店店主の好子さんと同一人物と知った驚き(笑)中村メイコに激似に変化した母と阪急電車内で再会しても、加賀のオッチャンも好子さんも気づくわけないっ(-_-;)竹内まりやの『駅』の歌詞じゃないが、40数年の時が変えたものは〜〜〜…見てのとおりですぁぁって(笑)。加賀のオッチャンと好子さん共々のご多幸を祈ってます( ´艸`)
    | 中川美都子 | 2008/12/15 2:48 PM |









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