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鎌倉歴史探訪
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    鎌倉(かまくら)は、現在の神奈川県鎌倉市の中心部に当たる地域。源頼朝を旗頭として、北条時政、北条義時らによって鎌倉幕府が置かれた都市であり、三浦半島の付け根に位置し、相模湾に面しているので古くは鎌府(れんぷ)とも呼ばれたらしい。
    鎌倉時代には日本の政治において最も重要な位置のひとつを占めていて、12世紀末から14世紀半ばの1333年まで幕府が置かれた。 近代に入ってからの鎌倉には鎌倉文士と呼ばれる作家、美術家などの文化人が集まり住み、幾つかのドラマや小説などの舞台にもなってきた。
    今回訪れた鶴岡八幡宮は、康平6年(1063年)源頼義は由比郷鶴岡(鎌倉市材木座)に「鶴岡若宮」として、河内源氏の氏神である河内国石川郡壷井の壷井八幡宮を勧請した。この年は、頼義が陸奥の安倍貞任を討ち、前九年の役が終結した翌年である。頼義は、氏神として信仰する八幡神に戦勝を祈願していた。そして、戦いの後、京都郊外の石清水八幡宮に勝利を感謝し、本拠地の河内国壷井に壷井八幡宮を勧請し、河内源氏の東国進出の拠点である鎌倉に八幡神の分霊を祀った。これが今も鎌倉の中心である鶴岡八幡宮の起源である。

    鶴岡八幡宮は鎌倉の象徴となり、都市計画は八幡宮を中心に行われたらしく、寿永元年(1182年)には八幡宮の表参道が整備された。現在も鎌倉のメインストリートである若宮大路がそれである。当時、水田の中の道だった若宮大路は、石を積んで周囲の地面よりかさ上げする工事が行われたようで、現在「段葛」(だんかずら)と呼ばれている、両脇の車道より一段高くなった歩道はその名残のようです。

    基幹大路の名と現在通称されている道路名に小町大路と小町通がある。小町大路は筋替橋から材木座までの由緒ある大路で、その両側には幕府高官・御家人の屋敷が並び、とくに大町四つ角以南は当時の鎌倉随一の繁華街でもあった。このため、日蓮の所謂「辻説法」も、この大路の彼方此方で行われたものと考えられ、今も大路の2箇所に辻説法跡の記念碑(大町の本興寺門前、及び小町2丁目)が建てられている。今ではこの付近は閑静な住宅街となっている。一方、小町通りは、鎌倉駅前から鶴岡八幡宮までの比較的新しく名付けられた観光土産屋通りであるが、現在では多くの行楽客で賑わう一大観光スポットとなっているようです。


    また、報国寺の孟宗竹の竹林の美しさは特に心に残りました。
    足利、上杉両氏の菩提寺として栄えたお寺らしく、国の重要文化財もあり、鎌倉国宝館に保管されているそうですす。



    この広さ〜開放感は〜鎌倉時代の勢いそのものだと思いました。
    ここから小町通りまでの散策は半日はかかる面白さでした。


    八幡宮のも鳩がマーク!
    随所に〜お守りからおみくじまで、本当に鳩づくしです


    報国寺の孟宗竹は京都以外で久しぶりに、
    素晴らしい竹林を樂しみました


    なにげなく入ったそば屋さん
    しらすと小えびのぶっかけそばを頂きました
    さすが相模湾のしらすの美味しさ、
    小えびのさくさく感は絶品でした
    posted by: shobentango | - | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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