Search
Calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
New Entries
Recent Comment
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
50年前の私に会いたくて
0
    また、3月11日がやってきました。
    今年は5年目の節目にあたる年で、テレビ、ラジオは一日特別報道番組を流していました。
    日本中の人がやはりあの日のことに思いをはせずにはいられなかったはずです。
    あの惨事を耳にし、信じられない映像をテレビで見たあの日を、みなさんはどう過ごされたでしょうか。私はやっちゃん(従業員のひとりで実家が東北の福島)から実家は無事だったとの連絡を受けた時の安堵と、あの時の彼女の声は今も鮮明に耳に残っています。
    あれから5年こうして今、目を閉じてあの日の事を思い出していると、いつしか記憶の糸は、はるか遠い過去に私をひっぱり、私はそのまま静かに身をまかせていました。
    ………私が二十歳の時でした。義父亡き後の店を継ぐことになった私は無謀にも単身東京行を決行したのでした。東京でいろんな店を見てこよう。それが一番の修行になるんだ。そうひとりで
    決めて、母に無断で夜行列車に飛び乗ったのでした。
    初めて踏んだ東京の土。
    大都会の冷たさに心細く、店を変えての勤務、その一つ上野駅近くにあった「みはし」という甘党の店で働き始めました。東北からの出稼ぎのおばさんたちにまじって、洗い場の中で朝から晩までもくもくと働きました。3時に出された真っ黒焦げの大きなおにぎり。それをまるで家畜に与えるえさのように「たべな」と言ってぞんざいに置いていく女中頭(今は死語ですが)のきつい顔。それでも歯をくいしばって頑張ったあの頃の私が、もしかして私の商い人生の原点になっていたのかもしれない。………そんな思いもあって後年、人にすすめられて書いた半生記(びーだん べったん こめんじゃこ)の中で「みはし」でのことも書いています。その本の中で私はこんなことも書いています。
    「わたしは自分の中の種々な思いを整理し、今、わたしに言えることは何だろうかと考えていた。その時の私は水商売への讃歌を、私なりにうたってみたいと思っていた。
    ………でも、今の私にはそんな気負いはない。当初の気負いが弱まるにつれて、わたしは始めに考えていた事柄から離れて、ずいぶんとりとめのないことを書いてしまったけれど、でもこれは本当のことであり、私にとってはどれもが忘れられない懐かしい想い出である。

    呉服座の芝居小屋。夏の夕暮れに母の手からこぼれてキラキラ光った金箔。東京行きの列車の窓に吹き付けてきた春の夜の甘い風……。そんなひとつひとつが、わたしにとっては宝石のように、いつまでも心の中で輝いている。そんなひとつひとつを、おそらく私にだけしか価値のないことであっても、記憶の糸を投げて過去の人生の一日をたぐり寄せることは、何だか過ぎてしまった時間をもう一度生きることができたかのようで、それはそれで実に楽しく、決して無意味なことではなかったと思う。
    出版当時私は38歳。子供たちもまだ幼く、育児と家事とお店の仕事に、文字通りてんてこ舞いの毎日でした。そんな中でも私の中にはもうひとりの私がいました。立ち止まり、自分をしっかり見つめてみる。この行為は、つき進んでいるときには決して見えない感謝の気持ちをもたらしてくれます。今を生かされている感謝を知れば、たとえそのときだけであっても、人は誤った道へ進むことはできません。私は今、しみじみとそのことを感じます。
    そうして今日、私は再び五十年前の私に立ち戻ってみようと思い、単身東京の上野に行ってきました。もちろんそこには私の脳裏に今もある原風景はありませんでした。
    五十年の歳月がすべてを変えていました。でも私は、「みはし」の前に立ち続けました。「おかげさま」という主語のない感謝の気持ちにひたりながら。私の両目に涙があふれ、喜びと感謝で全身が満たされていくのを感じました。
    それは夜行列車の窓に吹きつけてきた春の夜の甘い風にも似た無常の幸福感でした。
    こうして私は、3、11をきっかけに、20歳の私に会うことができたのです。地震と原発の国に生きている日本人のひとりとして、これからも3,11を「立ち止まる日」にできればいいなと思います。



    全てこの『びーだん べったん こめんじゃこ』から始まりました
    風の画家〜〜中島潔先生の心意気で挿絵を貸して頂けました感動は今も忘れることは
    ありません


    上野公園の真ん前に「みはし」はありました
    自社ビルを建てて独立する前〜20歳の春のことでした



    「みはし」のフルーツあんみつ!
    50年前も同じ〜あんみつ!
    同じ〜おしるこ!
    これを老舗というのでしょう
    50年ぶりの好子さんに会えて涙が溢れました



    上野公園の桜はまもなく満開!
    私がこの前で働いていた頃から50年
    美しい花を〜月日が経つのはなんて早いのでしょうか

    posted by: shobentango | - | 19:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    この記事のトラックバックURL
    http://yoshiko.shobentango.com/trackback/1005376
    トラックバック