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6月ブログ商業界第26回近畿地区女性ゼミナールでの感動
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    4月10日、「商業界第26回近畿地区女性ゼミナール」がホテル日航大阪5階鶴の間で行われました。「商業界」は戦後の荒廃した中で、皆が正しい商いをしようと、倉本長治主幹を中心に、新保民八・岡田徹両先生の情熱によってはじまり、商業人の社会的地位の確立とその発展に大きな役割を果たしてきました。商業界から世に出た日本を代表する商業者の方は大勢いらっしゃいます。
    「商業界近畿地区女性ゼミナール」は27年前、コシノアヤコさん、ハトヤ・螢縫船ち六麓圓寮消悉媚泙気鵑2人を中心に、私たち運営委員がはべり、毎年600人をめどに、あるときにはドーンセンターだったり、ある時はホテル日航だったりと、昼から夕方くらいまでのセミナーを行ってきました。すでに90歳の西端先生には、今年は「呼びかけに応えて」というコメントをいただきました。「苦労と辛抱が大事ですよ」。この言葉を改めて伝えていきたい、ということでした。
    商業界が発足した戦後は、大衆が泣いていた時代。将来の日本を潰してはいけないという思いから勉強会はスタートしたそうです。人間愛に満ちた商売をどうしたらできるのか、真摯に向き合う商業界の講演は、当時非常に注目を集め「感動のるつぼ」と言われたそうです。商業界の箱根の山から下りる時には、全セミナーを受けた中には丸坊主になってる人もいたり、服を着たままお風呂に入る人がいたり、茫然と立ち尽くす人がいたり……! そのくらい商売に対して感動したセミナーが、毎年毎年箱根の山で繰り広げられていたのです。
    私は商業界歴は27年間でありますが、大阪にいたことで出会えた人たちは大勢います。前述したコシノアヤコさん、西端春枝さんはもちろん、北海道「氷雪の門」の新道先生、松山の加藤先生など、本当に素晴らしい方々と出会い、多くのことを教わる事ができました。
    私は高校2年に父が亡くなって始めた師匠無き商売人生でしたから、いろんなことを吸収したいと思ってJCに入りました。そこからORAに入り、ORAで出会った大和実業チェーンの岡田徹さんの「商業界で全国の女性ゼミナールを起ち上げるのでお手伝いしてください」という一言で、この組織に入ったわけです。
    毎年感動のセミナーがありましたが、今年はペギー葉山さんが第1講の講演でした。彼女は、「自分の中で日本の言葉や心を感じながら終わりたい」と常に思い、電気もテレビも消して、ろうそくに灯をともして感謝をしてから寝るという習慣が身に付いたとおっしゃっていました。
    ご存じの通り、ペギー葉山さんの代表曲に「南国土佐を後にして」があります。今では盆踊りとして、全国で踊るような有名な曲ですが、この大ヒットは、実は昭和33年、高知放送の開局に合わせ、民謡を歌ってほしいという事からスタートした「偶然」だったとのこと! 本当は、これは戦地にいる人たちが「自分は戦地からいつ帰れるんだろうか」という気持ちと平和を願った軍歌なのだそうです。
    進駐軍向けクラブで活躍し、英語で歌を歌い、民謡は絶対お断りしていたという葉山さんが、民高知放送開局という事で、一回きりのつもりで歌ったこの歌が、彼女のその後の人生を変えることになったのですから、本当に運命とは不思議です。
    講演ではさらに、夫で俳優の大映スター、根上淳さんの7年間の介護生活にも触れられました。なんと二人でプライベート旅行したのは新婚旅行しかなかったそうです。そんな夫婦生活の中で、一緒に7年間という年月、根上さんと一緒に糖尿病という怖い病気と闘った年月を「自分の人生のページに花を添えてくれた」と振り返る強さに心打たれました。 
    闘病中は大事に取っていたブランデーを飲ませてあげられなかったから、最期のお別れで、眠られている根上淳さんに、そのブランデーを、口に含ませてあげられたそうです。とても心に響く講演でした。
    そしてなんといっても圧巻は、第二講の間口グループ最高経営責任者CEO で株式会社間口代表取締役会長の前田克己さんの講演です。内容に中国古典は出てくるし、相撲によって自分の背筋がどれだけ正されたか…というご自身のエピソードや教えなど、数年来のセミナーの中でナンバー1ではないだろうか、と思うほど感動しました。
    前田さんは、お父さんが運転手でお母さんが工場のパートという貧しい生活の中、土俵の鬼と呼ばれる初代若乃花にスカウトされ角界に入った経験がおありです。全く成績を上げることはできなかったらしいですが、28歳まで相撲という格式のある厳しい世界の中で、耐え忍んできた人生の修羅場と、相撲の約束事の中に、自分の人生の商売の基礎が全部あったといいます。
    「自分はダウンタウンロングハウス(長屋)の出だ」と繰り返し仰っていましたが、本当にユーモアたっぷりの良い表現! 私も出身はダウンタウンロングハウスですから(笑)、これは覚えておこうと思った最高のフレーズでした。
    当時の若乃花を中心とした相撲界での生活は、とても厳しいもので、お風呂は乳液にシッカロールを揃えて、背中を洗う者、足を洗う者と分かれていたというから徹底しています。さらには、ちゃんこ料理をたくさん食べてもらう中で、ちょっとでも失敗したら「かわいがってやれ!」といじめられる過酷さ。前田さんは昭和22年生まれで、大阪弁が大いに嫌われた時代だから特に大変だったと思います。
    相撲の世界は昇りつめてこその栄光で、成績を上げれば20歳で2000万の給料が叶うそうですから、必死で這い上がっていきますよね。
    しかし、戦い方を覚えない、平和ボケしている日本の若者たちが、親を一生面倒見ないといけない国の人たちにかなわないのではないか? 今のように日本が弱くなったら、モンゴル国技になってしまうかもしれない……。現在「双葉山の前に双葉山は無し、双葉山の後に双葉山無し」という言葉通り、69連勝という双葉山の記録を抜く人はいませんが、その格言が、まもなくモンゴルの人たちによって崩されると思うと言葉にならない、と深く懸念されていました。
    人生の構え方は、相撲の構え方と全く同じだそうです。相撲は立ち上がった段階でにらみを利かせ、テクニックを覚えないといけない。これは企業も全く同じ。前田さんが、大鵬と柏戸の二人の戦いから学んだのは、大鵬の強みは「柔らかかった」。つまり、「柔らかい方が勝つ」というのが、自分の人生の大きな指針になっているそうです。
    そして、どの時代も言えることは「心・技・体」を鍛えろ、企業も「品・格・力量」を鍛えろ、ということ。相撲も企業は同じなのです。そして、自分が足元を固め、変化に対して時代とともに変わることで、企業存続の大きな力になるでしょう。つまり、今を知る事、時代と共に生きること。最後に、経営とは勝負である、と…。
    前田さんが、社会人として、一番痛感したこと。それは
    「人にかわいがっていただくことを覚えた事が、自分の人生を変えた」。
    ということだったといいます。さらに、会長職を継ぐときに、間口会長に教えをもらった事は、「男は我慢ができること」。これをしっかり心に留めて、決め手をできる人になれ。今、自分の会社は何が決め手なのか。大事なのは気配り、目配り、手配りである……とまさに「名言づくし」でした。
    人は人の中で人になる。自分磨きの旅をしなさい、ということですね。
    最後に前田さんは相撲甚句を歌われましたが、今まで様々なメディアや会で聞きましたが、一番感動的でした。もう一度聞きたいです!






    商業界第26回近畿地区女性ゼミナールが
    今年もホテル日航大阪で!!
    第一回目からお手伝いしている私にとって
    長い長いお付き合いになりました


    最近はお手伝いをそんなにすることもなく・・・
    ただ、参加することに意義あり!!と
    若い人たちが育ち、私にもソロソロ商業界卒業の
    時期が来たかもしれません


    今回、間口グループ、代表取締役会長の前田克己さんの
    講演は圧巻でした。
    この方の講演は再度どこかで拝聴したいと感動しきりでした
    この二人の写真も大切にしたいと思います



    スペースを変えての二次会パーティ西端先生の
    お話に静かに聞き入ります
    26年間全国を勉強会で旅を致しました
    今は亡き小篠綾子先生共々人生の、商いの恩師です
    posted by: shobentango | - | 00:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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